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有余
「有余年の〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
有余年のの前後の文節・文章を表示しています。該当する12件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「中支遊記」より 著者:上村松園
上海にて 仲秋まる一ヵ月の旅であった。六十
有余年のこの年まで十日以上にわたる旅行はしたことのない私にとって、よく思いたった....
「五重塔」より 著者:幸田露伴
聳えて、西より瞻れば飛檐ある時素月を吐き、東より望めば勾欄夕べに紅日を呑んで、百
有余年の今になるまで、譚は活きて遺りける。....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
、その人は宇津木兵馬であることに疑いないのです。 世は混乱の時といえ、さすが千
有余年の王城の地には佳気があって、町の中には険呑《けんのん》な空気が立罩《たてこ....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
れども、ここも天下の関ヶ原とはいえ、ゆるさぬ関が行く人の足を止めたのは、それは千
有余年の昔のことで、まして徳川期となっては、公道を宮と鈴鹿の方面にとられてしまっ....
「明治美人伝」より 著者:長谷川時雨
は名をつらねるだけであろうと思われる。 山県公の前夫人は公の恋妻であったが二十
有余年の鴛鴦《えんおう》の夢破れ、公は片羽鳥《かたわどり》となった。その後、現今....
「法窓夜話」より 著者:穂積陳重
教訓は、実に国法の威厳に関するものであった。 今を去ること凡《およ》そ二千三百
有余年の昔、彼が単衣跣足《たんいせんそく》の姿で、当時世界の文化の中心と称せられ....
「上海された男」より 著者:牧逸馬
海が彼を呼んでいた。 九歳の時に直江津《なおえつ》の港を出た限《き》り、二十
有余年の間、各国の汽船で世界中を乗廻して来た為吉にとって、海は故郷であり、慈母の....
「昭和の十四年間」より 著者:宮本百合子
文学ともいうべき火野の諸作が、本質的には桜井忠温の現実の反映のし方から決して三十
有余年の人間知性の深化を語っていないというのは、如何なる理由によるのだろう。 ....
「マクシム・ゴーリキイの伝記」より 著者:宮本百合子
社会的現実の変化は、さながら一つの強大な動力となって、マクシム・ゴーリキイが六十
有余年の間に豊かに蓄えた人間的経験、作家としての鍛錬、歴史の発展に対する洞察力と....
「マクシム・ゴーリキイの発展の特質」より 著者:宮本百合子
社会的現実の変化は、さながら一つの強大な動力となって、マクシム・ゴーリキイが六十
有余年の間に豊かに蓄えた人間的経験、作家としての鍛錬、歴史の発展に対する洞察力と....
「私の会ったゴーリキイ」より 著者:宮本百合子
い心持ちをおさえられなく小説をかき始めたのは、かれの二十三の歳であった。以来三十
有余年の間にゴーリキイの作品は世界の人々に読まれ、また次から次へと新しく成長して....
「手仕事の日本」より 著者:柳宗悦
地方における一つの恵みは、京都の存在であります。誰も知る通り平安朝この方、実に千
有余年の間、歴代の皇都でありました。日本のあらゆる固有の文化はここを中心としたの....