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こども
「こども〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
こどもの前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「浅沼稲次郎の三つの代表的演説」より 著者:浅沼稲次郎
しております。戦前にくらべて犯罪件数は十数倍にのぼり、とくに青少年問題は年ごろの
こどもをもつ親のなやみのタネになっております。政府はこれにたいして道徳教育とか教....
「赤いくつ」より 著者:アンデルセンハンス・クリスチャン
ても、自分のくつのことばかり考えていました。やがて、オルガンがおごそかに鳴って、
こどもたちは、わかいうつくしい声で、さんび歌をうたいました。唱歌組をさしずする年....
「幸福のうわおいぐつ」より 著者:アンデルセンハンス・クリスチャン
へやのなかをいったり来たり、あるいている。ありゃしあわせなお人さな。おかみさんも
こどももなくて、毎晩、夜会にでかけていく。おれがあの人だったらずいぶんしあわせな....
「小夜啼鳥」より 著者:アンデルセンハンス・クリスチャン
りはほっとためいきをついて、それでおたがい、わけがわかっていました。いや、物売の
こどもまでが、十一人も、さよなきどりという名をつけられたくらいです。でも、そのう....
「しっかり者のすずの兵隊」より 著者:アンデルセンハンス・クリスチャン
した。 「よしあしたまで待ってろ」と、小鬼はいいました。 さて明くる朝になって
こどもたちが起きてくると、一本足の兵隊は、窓のうえに立たされました。ところでそれ....
「旅なかま」より 著者:アンデルセンハンス・クリスチャン
いちどふりかえって、ふるいお寺におなごりをおしみました。このお寺で、ヨハンネスは
こどものとき洗礼をうけました。日曜日にはきまって、おとうさんにつれられていって、....
「人魚のひいさま」より 著者:アンデルセンハンス・クリスチャン
らなくてはなりませんでした。水がよどんでちいさな入江になった所で、かわいい人間の
こどもたちのかたまって、あそんでいるのに出あいました。まるはだかで、かけまわって....
「野のはくちょう」より 著者:アンデルセンハンス・クリスチャン
だんにしたらこの王国の半分ぐらいもねうちのある絵本をみていました。 ああ、この
こどもたちはまったくしあわせでした。でもものごとはいつでもおなじようにはいかない....
「ひこうかばん」より 著者:アンデルセンハンス・クリスチャン
、むすこがきょろきょろしながらあるいていきますと、むこうから、どこかのばあやが、
こどもをつれてくるのにであいました。 「ねえもし、トルコのばあやさん。」と、むす....
「もみの木」より 著者:アンデルセンハンス・クリスチャン
、そこいらじゅうおもしろそうにかけまわって、べちゃくちゃおしゃべりしている百姓の
こどもたちも、気にかからないようでした。
こどもたちは、つぼいっぱい、いちごにして....
「雪の女王」より 著者:アンデルセンハンス・クリスチャン
花をみて、まんぞくしなければなりませんでした。 そういう町に、ふたりのまずしい
こどもがすんでいて、植木ばちよりもいくらか大きな花ぞのをもっていました。そのふた....
「義血侠血」より 著者:泉鏡花
ど、大の所好《すき》で、馬術では藩で鳴らしたものだそうだ。それだから、私も小児《
こども》の時分|稽古《けいこ》をして、少しは所得《おぼえ》があるので、馬車会社へ....
「木の子説法」より 著者:泉鏡花
たものを下人と心得る、すなわち頤の下に人間はない気なのだそうである。 中にも、
こども服のノーテイ少女、モダン仕立ノーテイ少年の、跋扈跳梁は夥多しい。…… お....
「国貞えがく」より 著者:泉鏡花
》が答えた。――織次は、この国に育ったが、用のない町端《まちはずれ》まで、小児《
こども》の時には行《ゆ》かなかったので、唯《ただ》名に聞いた、五月晴《さつきばれ....
「高野聖」より 著者:泉鏡花
ものもいわない、首筋をぐったりと、耳を肩で塞《ふさ》ぐほど顔を横にしたまま小児《
こども》らしい、意味のない、しかもぼっちりした目で、じろじろと門に立ったものを瞻....