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ドコ
「ドコ〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
ドコの前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「カタカナニツイテ」より 著者:伊丹万作
カツタ。毛筆ニ乏シク、和紙ガ皆無ニチカイ今日ノ我々ノ実生活(趣味生活ハ問題外)ノ
ドコヲ探シテモモハヤヒラガナニ未練ヲノコス理由ヲ発見スルコトガデキナイ。ヨロシク....
「私の履歴書」より 著者:井上貞治郎
に、私にはなつかしいものだ。 村の祭には、有名な太鼓が繰出した。ドドンコドンコ
ドコ。その響きがまことに珍妙なのである。村の子供が東と西に分かれ、太鼓をかついで....
「淡島椿岳」より 著者:内田魯庵
知っていても芸術的価値を認むるものが更にいよいよ少ないのだから、円福寺に限らず、
ドコにあっても椿岳の画は粗末に扱われて児供の翫弄となり鼠の巣となって亡びてしまっ....
「鴎外博士の追憶」より 著者:内田魯庵
いは一と通り目を通していたが、鴎外と北尾氏との論争はドノ雑誌でも見なかったので、
ドコの雑誌で発表しているかと訊くと、独逸の何とかいう学会の雑誌(今はその名を忘れ....
「斎藤緑雨」より 著者:内田魯庵
下宿に一日遊んでる時でも、朝から夜る遅くまでも俥を待たして置いた。長尻の男だから
ドコへ行っても長かったが、何処でも俥を待たして置いたから、緑雨の来ているのは伴待....
「三十年前の島田沼南」より 著者:内田魯庵
ても宜かろう、」と、プンプン怒って沼南を罵倒した事があった。 その頃の新聞社は
ドコも貧乏していた。とりわけ毎日新聞社は最も逼迫して社員の給料が極めて少かった。....
「八犬伝談余」より 著者:内田魯庵
書とかお触とか、でなければ大衆物即ち何とか実録や著名の戯作の抜写しであった。無論
ドコの貸本屋にも有る珍らしくないものであったが、ただ本の価を倹約するばかりでなく....
「二葉亭四迷」より 著者:内田魯庵
我々年輩のものは誰でも児供の時から吹込まれた儒教思想が何時まで経っても頭脳の隅の
ドコかにこびり着いていて容易に抜け切れないものだ。坪内博士がイブセンにもショオに....
「二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
わず一家の運命希望を我が子の立身出世に繋いでるから、滞りなく無事に学校を卒業して
ドコへか就職してくれなければ安心もし満足もしなかった。折角卒業の間際まで漕付けな....
「二葉亭追録」より 著者:内田魯庵
葉亭が二度の文人生活を初めたのは全く糊口のためで文壇的野心が再燃したわけでなく、
ドコまでもシロウトの内職の心持であった。本職の文壇人として、舞台あるいは幕裏のあ....
「二葉亭余談」より 著者:内田魯庵
明しておる。だが、こういうと馬鹿に難かしく面倒臭くなるが、畢竟は二葉亭の頭の隅の
ドコかに江戸ッ子特有の廃頽気分が潜在して、同じデカダンの産物であるこういう俗曲に....
「露伴の出世咄」より 著者:内田魯庵
て冷遇した前非を悔い、早速詫び手紙を書こうと思うと、山出しの芋掘書生を扱う了簡で
ドコの誰とも訊いて置かなかったので住居も姓氏も解らなかった。いよいよ済まぬ事をし....
「三人の双生児」より 著者:海野十三
郷ニ引込ンダノハソノ直後ダッタ。モウ一年ニナルノニ、彼奴ハ故郷ニジットシテイテ、
ドコニモ働キニ行コウトシナイ。ワシハオ勝ノコトガ心配デナラン。ト云ッテモ、オ勝ハ....
「山のコドモ」より 著者:岡本かの子
メズラシイ ケシキ ヲ ミマシタノデ、フシギ デ タマリマセン。タカ ニ、アレハ
ドコカ ト、タズネマシタ。アレハ ウミ ト イウ ミズ ノ セカイダ ト、タカ ....
「四月馬鹿」より 著者:織田作之助
したんです」 「俺だよ、俺がこの部屋で飛ばしてやったんだよ。この部屋はデマのオン
ドコだからね。エヘヘ……」 「オン
ドコ……?」 「温床だよ」 そう言ってキャッ....