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「一子〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

一子の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
運命論者」より 著者:国木田独歩
《ところ》があって、碁以外に父は其《その》人物を尊敬して居たということです。その一子が則《すなわ》ち僕であったのです。 父は其頃三十八、母は三十四で最早《もは....
恩讐の彼方に」より 著者:菊池寛
たのは、安永《あんえい》三年の秋の初めであった。後には、当年三歳になる三郎兵衛の一子実之助が、父の非業の死も知らず、乳母の懐ろにすやすや眠っているばかりであった....
恐怖の口笛」より 著者:海野十三
』ガ『オスミ』と称スル日本婦人ト契リシガ、彼女ハ災害ニテ死シ、両人ノ間ニ生レタル一子(姓不詳)ハ生死不明トナリタリ。ソレト共ニ『パチノ』ノ墓穴ニ関スル重要書類ハ....
真田幸村」より 著者:菊池寛
彼を招じて、もてなした。 酒盃|数献の後、幸村小鼓を取出し、自らこれを打って、一子大助に曲舞数番舞わせて興を尽した。 この時、幸村申すことに「この度の御和睦....
支倉事件」より 著者:甲賀三郎
ったけれども、並々ならぬものであった。総括的に云うと、彼女は結婚後間もなく儲けた一子を中にして、夫と共に可成幸福な道を歩む事が出来たのだった。 それが長い七年....
楢重雑筆」より 著者:小出楢重
結果のよいと思れる方法を述べたいと思います。即ち私のガラス絵描法というのは決して一子相伝法の秘法ではありません。自分勝手な、便利な方法に過ぎないのでありますから....
めでたき風景」より 著者:小出楢重
交って私の心をときめかすだけの役には立ったと思う。 なお、私の家は、先祖代々|一子相伝である花柳病専門薬を製造していた。天水香というのは自家製の膏薬の名であり....
茸の舞姫」より 著者:泉鏡花
睨みをくれるばかり。威あって容易く口を利かぬ。それを可恐くは思わぬが、この社司の一子に、時丸と云うのがあって、おなじ悪戯盛であるから、ある時、大勢が軍ごっこの、....
死剣と生縄」より 著者:江見水蔭
、それから益々研究心を起こして、実地をお鉄に就いて学んだので有った。 「これでも一子相伝ですが、貴郎にですから伝授しましょう。併し昼間はどんな事が有っても授けら....
怪異黒姫おろし」より 著者:江見水蔭
の相続者|三河守忠直は、乱心と有って豊後に遷され、配所に於て悲惨なる死を遂げた。一子|仙千代、二十五万石に減封されて越前福井より越後高田に移され、越後守|光長と....
「太平洋漏水孔」漂流記」より 著者:小栗虫太郎
をだし、たくみに彼らを導いて殱滅させたではないか。 但し、隊長夫妻ならびにその一子、以下白人戦死体の首の拾得は禁ずる。 フインシャハ守備陸戦隊長ベレスフォード....
今昔茶話」より 著者:国枝史郎
成上がり者の配偶となったのである。 曠世の英雄ナポレオンも、マリアを皇后に迎え一子、羅馬王を儲けてからは、わが秀吉が淀君を妾とし、秀頼を儲けて以来、いささか凡....
楠公夫人」より 著者:上村松園
侍と正行公との、美しくも哀しい物語を憶い出す。 私は嵯峨宝篋院へも、楠公夫人が一子正行に忠孝の道を説いている教訓的な絵を描いて納めようと思っている。 それか....
レモンの花の咲く丘へ」より 著者:国枝史郎
し。なお室の左右に出入口あり、左の口は主屋に通じ右の口は高殿に通ず。高殿は領主の一子にして年若く美しき音楽の天才ある公子の居室とす。左の窓に近く大いなる丸テーブ....
憑き物系統に関する民族的研究」より 著者:喜田貞吉
る様なことであってみれば、どこまでもこれを子孫に相続させたくなる。ここにおいてか一子相伝とかいう様なことが始まり、はてはただ一子のみならず、一切の子孫がすべてこ....