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七里
「七里〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
七里の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「星座」より 著者:有島武郎
た。父は一度も清逸の方を見ようとはしない。
札幌のような静かな処に比べてさえ、
七里|隔《へだ》たったこの山中は滅入《めい》るほど淋しいものだった。ことに日の暮....
「高野聖」より 著者:泉鏡花
ばかり前までは人が歩行《ある》いた旧道でがす。やっぱり信州へ出まする、先は一つで
七里ばかり総体近うござりますが、いや今時《いまどき》往来の出来るのじゃあござりま....
「宇宙の始まり」より 著者:アレニウススヴァンテ
(Singar)の砂漠で、子午線測量を行わせ、一度の長さがアラビアの里程で五六・
七里に当るという結果を得ている。遺憾ながらアラビアの一里は四〇〇〇エルレに当ると....
「自叙伝」より 著者:大杉栄
よいよ出発する時には、全校三百余の生徒が、校長の橇を真ん中にして降り積る雪の中を
七里の間、新潟まで送って行った。 そのあとへ、広田一乗という、名前から坊主臭い....
「薬草取」より 著者:泉鏡花
。それでも何処に桜があるか分りません。美女ヶ原へ行きますと、十里|南の能登の岬、
七里|北に越中立山、背後に加賀が見晴せまして、もうこの節は、霞も霧もかかりません....
「古狢」より 著者:泉鏡花
た、皿に余る尺ばかりな塩焼は、まったく美味である。そこで、讃歎すると、上流、五里
七里の山奥から活のまま徒歩で運んで来る、山爺の一人なぞは、七十を越した、もう五十....
「歌行灯」より 著者:泉鏡花
一 宮重大根のふとしく立てし宮柱は、ふろふきの熱田の神のみそなわす、
七里のわたし浪ゆたかにして、来往の渡船難なく桑名につきたる悦びのあまり…… と....
「唄立山心中一曲」より 著者:泉鏡花
言えばね、山の中に島々と言う処がありまさ、おかしいね。いやもっと、深い、松本から
七里も深へ入った、飛騨の山中――心細い処で……それでも小学校もありゃ、郵便局もあ....
「照葉狂言」より 著者:泉鏡花
りぬ。 木津は柿の実の名所とかや。これをひさぐもの、皆|女にて、市よりおよそ六
七里隔たりたる山中の村よりこの橋の上に出で来るなり。夜更けては帰るに路のほど覚束....
「雪霊記事」より 著者:泉鏡花
して、再び上京したのでありますが、福井までには及びません、私の故郷からはそれから
七里さきの、丸岡の建場に俥が休んだ時立合せた上下の旅客の口々から、もうお米さんの....
「経帷子の秘密」より 著者:岡本綺堂
年余りのあいだに、眼をおどろかすような繁華の土地に変ってしまった。それが江戸から
七里、さのみ遠い所でもないので、東海道を往来の旅びとばかりでなく、江戸からわざわ....
「明治哲学界の回顧」より 著者:井上哲次郎
。地方には今北洪川、西有穆山《にしありぼくざん》、由利滴水、橋本峩山、新井日薩、
七里恒順、などという人々がおった。それから居士として島田蕃根だの、大内|青巒《せ....
「河伯令嬢」より 著者:泉鏡花
へ着きました。可心は穴水の大庄屋、林水とか云う俳友を便って行くので。……ここから
七里、海上の渡だそうです。 ここの茶店の女房も、(ものやさしく取りはやして)―....
「白峰の麓」より 著者:大下藤次郎
のあたりでは、六、七歳位いまでの子供を「ボコ」という、その「ボコ」を二人連れて、
七里の山道を、天長節のお祭見物に青柳へ泊りがけで往っていたのだという。女中のお吉....
「仏教人生読本」より 著者:岡本かの子
朗らかな声で家庭のこと、世間のこと、何気なしに面白そうに語って帰って行きました。
七里恒順という幕末から明治へかけて生きておられた浄土真宗の名僧があります。 そ....