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三千の
「三千の〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
三千のの前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「私の履歴書」より 著者:浅沼稲次郎
年九月二十二日、新橋蔵前工業会館で結党準備会を開いた。 ついで十一月二日、全国
三千の同志を集め、東京の日比谷公会堂で結党大会を開いた。私はこのとき司会者をつと....
「清心庵」より 著者:泉鏡花
。 ぱッとしたら国中の騒動になりますわ。お出入が八方に飛出すばかりでも、二千や
三千の提灯は駈けまわろうというもんです。まあ察しても御覧なさい。 これが下々の....
「死剣と生縄」より 著者:江見水蔭
えて居りますのです。失礼ながら金は祖父の代から溜め込んで有るんですからね。二千や
三千の金なら、何時でも耳が揃えられるんです」 「外国渡航に就ては、国禁も有り、吉....
「エリザベスとエセックス」より 著者:片岡鉄兵
過度な行動を、即時禁止するだけの人道主義を持っていた。牧師と教会には手をつけず、
三千の尼僧は、きわめて鄭重に奥地へ送還させられた。スペイン人自身が、彼らにとって....
「川中島合戦」より 著者:菊池寛
ちに陣触に及び、姉婿長尾|政景に一万の兵を托して、春日山城を守らしめ、自分は一万
三千の兵を率いて、一は北国街道から大田切、小田切の嶮を越えて善光寺に出で、一は間....
「長篠合戦」より 著者:菊池寛
た。此時、織田徳川方では丹羽勘助|氏次等を監軍とし、前田又左衛門利家等が司令する
三千の鉄砲組が、急造の柵に拠って、武田勢の堅甲を射抜くべく待ち構えて居たのである....
「碧蹄館の戦」より 著者:菊池寛
げた。行長等は紿かれるとは知らないから大いに喜んで待って居たが、其時は李如松四万
三千の人馬が、鴨緑江を圧して、義州に集中しつつあったのである。全軍を三つに分ち、....
「憑き物系統に関する民族的研究」より 著者:喜田貞吉
、今昔物語十に、漢土の或る修行者が宮迦羅すなわち矜迦羅童子を念じて、毎晩宮中から
三千の宮女中の最美人を、山奥なる自己の庵室に盗んで来て貰ったという話もある。そし....
「世界の裏」より 著者:国枝史郎
らしいということだけは知って置く必要があるだろう。 五千の大砲、三万の機関銃、
三千の投擲弾、二千の飛行機、五千の機関車、十五万の客貨車、五千の自動車を、連合軍....
「決戦川中島 上杉謙信の巻」より 著者:坂口安吾
塞は規格が小であるから、中に収容しうる兵力はせいぜい二千足らずであるが、余が一万
三千の兵力をもって突入をはかっても一朝一夕には抜きがたい要害であった。もとより余....
「ガリバー旅行記」より 著者:スウィフトジョナサン
。まず短刀を出せと言われたので、私は鞘ごとそれを取り出しました。このとき、皇帝は
三千の兵士で私を遠くから取り囲み、いざといえば、弓矢で射るように用意されていたの....
「般若心経講義」より 著者:高神覚昇
ことです。中国に僧肇という若い仏教学者がありました。彼は有名な羅什三蔵の門下で、
三千の門下生のうちでも、特に優れたりっぱな学者でありました。しかし、ある事件のた....
「二十世紀旗手」より 著者:太宰治
葉の、ほぼ正確なることを信じてよろしい。一語はっするということは、すなわち、二、
三千の言葉を逃がす冷酷むざんの損失を意味して居ります。そうして、以上の、われにも....
「さようなら」より 著者:田中英光
もかられる。 いまの日本では未だに、軍国時代の無意味な死に方が憧憬されている。
三千の将兵が蠅捕紙上の蠅みたいに、戦艦大和にへばりついたまま水底に沈んで死んだ愚....
「小説 不如帰 」より 著者:徳冨蘆花
余の損亡を来たしつ。山木をゆすり、その貯えの底をはたきて二千円を得たれども、なお
三千の不足あり。そのただ一|親戚なる川島家は富みてかつ未亡人の覚えめでたからざる....