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「三島〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

三島の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
デンマルク国の話」より 著者:内村鑑三
があります。またやや富饒なる西インド中のサンクロア、サントーマス、サンユーアンの三島があります。これ確かに富の源《みなもと》でありますが、しかし経済上収支相償う....
半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
う旅籠屋に草鞋をぬぐと、その晩に一つの事件が出来したんです」 その頃の小田原と三島の駅は、東海道五十三次のなかでも屈指の繁昌であった。それはこの二つの駅のあい....
追憶」より 著者:芥川竜之介
ったのち、一昨年(大正十三年)の春に故人になった。僕はその二、三週間前に転地先の三島からよこした清水の手紙を覚えている。 「これは僕の君に上げる最後の手紙になる....
白妖」より 著者:大阪圭吉
遙かに左手の下方にあたって、闇の中に火の粉のような一群の遠火が見える。多分、三島の町だろう。 やがて自動車は、ゴールにはいるランナーのように、砂埃を立てて....
綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
うような大雨となった。(掲載誌不詳、『十番随筆』所収) 春の修善寺 十年ぶりで三島駅から大仁行きの汽車に乗り換えたのは、午後四時をすこし過ぎた頃であった。大場....
修禅寺物語」より 著者:岡本綺堂
れ、これ、夜叉王どの。上様は御自身も仰せらるるごとく、至って御性急でおわします。三島の社の放し鰻を見るように、ぬらりくらりと取止めのないことばかり申し上げていた....
海神別荘」より 著者:泉鏡花
した。 公子 可、ここに緑の活字が、白い雲の枚に出た。――箱根を越えて伊豆の海、三島の里の神垣や――さあ、忘れた所は教えてやろう。この歌で、五十三次の宿を覚えて....
半島一奇抄」より 著者:泉鏡花
いて頷いた。ここで主人の云ったのは、それは浮島禅師、また桃園居士などと呼ばれる、三島沼津を掛けた高持の隠居で。……何不足のない身の上とて、諸芸に携わり、風雅を楽....
丹那山の怪」より 著者:江見水蔭
一 東海道は三島の宿。本陣|世古六太夫の離れ座敷に、今宵の宿を定めたのは、定火消御役酒井内蔵....
明治哲学界の回顧」より 著者:井上哲次郎
川田甕江、大槻磐渓、鷲津毅堂、岡松甕谷、阪谷朗廬、根本通明、竹添井々、島田篁邨、三島中洲などもおったが、その他幾多相当の儒者が生存しておったから直接間接種々思想....
白花の朝顔」より 著者:泉鏡花
かなくって大嫌い。もっともそれでなくっても、上野の山下かけて車坂を過ぐる時※ば、三島神社を右へ曲るのが、赤蜻蛉と斉しく本能の天使の翼である。根岸へ入っては自然に....
註文帳」より 著者:泉鏡花
ごとに上衣のひだの黒く顕れた巡査の姿、研屋の店から八九間さきなる軒下に引込んで、三島神社の辺から大音寺前の通、田町にかけてただ一白。 折から颯と渡った風は、は....
春の修善寺」より 著者:岡本綺堂
十年ぶりで三島駅から大仁行の汽車に乗換えたのは、午後四時をすこし過ぎた頃であった。大場駅附....
四十年前」より 著者:内田魯庵
は三日の間に帝都を去るべく厳命された。明治の酷吏伝の第一頁を飾るべき時の警視総監三島|通庸は遺憾なく鉄腕を発揮して蟻の這う隙間もないまでに厳戒し、帝都の志士論客....
古事記」より 著者:太安万侶
皇は御年四十三歳、丁未《ひのとひつじ》の年の四月九日にお隱れになりました。御陵は三島の藍《あい》の陵《みささぎ》です。 安閑天皇 御子のヒロクニオシタケカナヒ....