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「下の宮〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

下の宮の前後の文節・文章を表示しています。該当する8件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
十二支考」より 著者:南方熊楠
いた鋼《はがね》作りの橋を渡り、飛沫《ひまつ》四散する急流を渡り、金宝で満ちた地下の宮殿に入ったと見て寤めたと。因って衆を聚《あつ》め自身の夢と侍臣が見た所を語....
源氏物語」より 著者:紫式部
てからはもう物思いも煩悶もなかったろうと思われる。お后と言われる人、ましてそれ以下の宮廷の人には人との競争意識でみずから苦しまない人はないのですよ。親の家にいる....
レ・ミゼラブル」より 著者:豊島与志雄
してみて、パリーの者らをのぞくことがある。けれどもその寄生動物でさえ、おのれの地下の宮殿に満足して温和になっている。もう汚水溝渠には初めのような獰猛《どうもう》....
恨みの蠑螺」より 著者:岡本綺堂
の島の宿屋へ行き着いて、ここで午飯をすませて弁天のやしろに参詣した。今度の開帳は下の宮である。各地の講中や土地の参詣人で狭い島のなかは押合うほどに混雑していた。....
新西遊記」より 著者:久生十蘭
、青銅の緑と大斗《たいと》の朱と照応して虹のような美しい光を空に放っている。その下の宮殿は立方体式の宏壮な石※を幾層となく積みかさね、幾何学的配列で窓をうがった....
地上」より 著者:島田清次郎
公爵の家の横道だが、彼は右に折れて同じ邸街をO伯爵の深い林を廻って二本榎のK宮殿下の宮殿の通りに出る。広大な邸ばかりの街を通りながら感じることは(これでいいのか....
利根の尺鮎」より 著者:佐藤垢石
庄町裏の広場へ達するのは、遅い年で四月中旬で、早い年には三月下旬であった。それが下の宮、藤川前、新堀、横手、萩原を経て、早い年には四月の二十日頃、私の村の地先へ....
私本太平記」より 著者:吉川英治
日、在九州の味方の加勢にあとへ引っ返させた。 もし九州の再燃が悪化して、菊池以下の宮方が、東上の軍を追ッて来たら、これはなかなか一大事である。 おそらくは首....