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両氏
「両氏〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
両氏の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「特許多腕人間方式」より 著者:海野十三
二人の紳士の来訪を受けたり。金巻七平氏及び後頭光一氏なり。 余は、心を静めて、
両氏を引見した。
両氏の用件は、意外にも、先日公告の『多腕人間方式』の権利を買いた....
「最終戦争論」より 著者:石原莞爾
私如きものが回答するのは僭越極まる次第であるが、私の尊敬する白柳秀湖、清水芳太郎
両氏の意見を拝借して、若干の意見を述べる。 文明の性格は気候風土の影響を受ける....
「海野十三敗戦日記」より 著者:海野十三
土地の面影がしのばれて気持ちがよい。 岡東の家にたどりついた。すでに朝倉、加藤
両氏が到着していて、酒宴が始まっていた。たいへんな御馳走で、目をまわした。酒もか....
「死の快走船」より 著者:大阪圭吉
一三七・五八〇|瓩――これが例の深谷氏の二人の同乗者の重量だ。ところが黒塚、洋吉
両氏の合計は一一〇・六八〇|瓩。同乗者の乗量より二六・九〇〇|瓩も少い。――昨夜....
「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」より 著者:内田魯庵
った。 二十五年前には「国民之友」が漸く生れたばかりで、徳富蘇峰氏が志賀、三宅
両氏と共に並称せられた青年文人であった。硯友社は未だ高等学校内の少年の団体であっ....
「古狢」より 著者:泉鏡花
。おじさんを。」と外套氏は笑ったが。 ――今年余寒の頃、雪の中を、里見、志賀の
両氏が旅して、新潟の鍋茶屋などと併び称せらるる、この土地、第一流の割烹で一酌し、....
「ファラデーの伝」より 著者:愛知敬一
ホーランドに近頃ミューニッヒより到着せる器械をもって、ブンゼンおよびキルヒホッフ
両氏の発見したるスペクトルの分析を御目にかくるはずに相なりおり候。バルロー君も来....
「文学的饒舌」より 著者:織田作之助
はこの人だけだと言って来たが、僕がもし雑誌を編輯するとすれば、まず、太宰、坂口の
両氏と僕と三人の鼎談を計画したい。大井広介氏を加えるのもいい。 文学雑誌もいろ....
「「黒死館殺人事件」著者之序」より 著者:小栗虫太郎
死館」を齎らしたとも云える訳である。なお終りに、本篇の上梓に際し、江戸川・甲賀の
両氏から序文を賜わったことと、更に、松野氏の装釘に対する苦心――探偵小説としては....
「二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
二葉亭の歿後、坪内、西本
両氏と謀って故人の語学校時代の友人及び故人と多少の交誼ある文壇諸名家の追憶または....
「西航日録」より 著者:井上円了
上陸。余は領事館および三井物産会社支店を訪い、馬場氏に面し、日新館にて河合、甲賀
両氏と手を分かち、印度支那汽船会社の便船瑞生号(Suisang)に転乗し、午後五....
「南半球五万哩」より 著者:井上円了
、多少趣を異にするところあり。しかして建築はフィリピン式なり。夜九時、杉村、八木
両氏と相伴って帰船す。 マニラ市はフィリピン群島三千七百州の首府にして、その中....
「私の履歴書」より 著者:浅沼稲次郎
新次郎、河合栄治郎の両教授のような進歩的学者、作家では芥川龍之介、久保田万太郎の
両氏、あるいは現京都府知事の蜷川虎三氏などがいる。 三中に入学した年の秋、学芸....
「松の操美人の生埋」より 著者:宇田川文海
を見、之を聞くを以て無上の楽しみと為せるが、明治九年以来当地に移住せるを以て、復
両氏の技芸を見聞する能わず。只新聞雑誌の評言と、在京知人の通信と、当地の朋友が東....
「早稲田神楽坂」より 著者:加能作次郎
鏡花さんや鏑木清方さんなどは今でも贔屓にしておられるそうで、鏡花の句、清方の絵、
両氏合作の暖簾が室内屋台の上に吊るされている。 川鉄の鳥は大分久しく食べに行っ....