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「両軍〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

両軍の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
人外魔境」より 著者:小栗虫太郎
あるが無用の大長物。さて、本日出口をさぐりさぐりやっと地上へ出たが、やはりパ、ア両軍の対峙は続いている。ダイヤをやって、ロイスへの伝達を頼んだが、あの男はやって....
最終戦争論」より 著者:石原莞爾
て戦争の運命を決し得るのではないかとさえ見えたのでしたが、遂に失敗に終りました。両軍は大体互格で持久戦争となり、ドイツは主として経済戦に敗れて遂に降伏したのであ....
空襲葬送曲」より 著者:海野十三
送り込もうというのであった。 航空母艦から飛び出して、敵艦隊の動静を窺っていた両軍の偵察機隊が、定石通りぶっつかって行った。真先に火蓋を切ったのは、米国軍だっ....
川中島合戦」より 著者:菊池寛
、右の方望月隊及び信玄の嫡子太郎義信の隊も、左備の原|隼人、武田逍遙軒も来援して両軍旗本の大接戦となった。 これより先山本勘助晴幸は、今度の作戦の失敗の責任を....
桶狭間合戦」より 著者:菊池寛
永禄三年五月十八日の夜は殺気を山野に満したまま更けて行った。むし暑い夜であった。両軍の接戦、桶狭間役 むし暑い十八日の夜が明けて、十九日の早朝、元康の部将松平....
大阪夏之陣」より 著者:菊池寛
の庁に入るべし」と。この辺のいきさつは僕の『忠直卿行状記』の発端である。 東西両軍必死に戦い、東軍では先鋒本多忠朝及び小笠原秀政|忠脩親子戦死す。幸村は越前兵....
真田幸村」より 著者:菊池寛
に親しんでいたのは、人間自然の事である。 そして、昌幸の肚の中では、真田が東西両軍に別れていればいずれか真田の血脈は残ると云う気持もあっただろう。敗けた場合に....
応仁の乱」より 著者:菊池寛
として居る。ところが彼は巧みに両氏の間を泳いで不即不離の態度をとって居る。だから両軍から別に憎怨せられず、戦乱に超越して風流を楽んで居られたのである。政治的陰謀....
地球要塞」より 著者:海野十三
と見えたが、今また三転して、再び米連と欧弗とは、険悪なる関係に投げこまれ、すでに両軍の間には、激戦が展開されているようであった。 この間に立って、私は、何をし....
太平洋雷撃戦隊」より 著者:海野十三
シ、途中ニオイテコレヲ撃滅スベシ。終」 非常に重大なる任務でした。間もなく日×両軍の主力艦隊が決戦しようという時、この大商船隊がハワイにつけば、×艦隊は岩をふ....
イワンの馬鹿」より 著者:菊池寛
たのだ。ところが王様がそれをほんとにして、あいつを大将にして印度王征伐にやった。両軍は向い合って陣をとった。ところがおれはその前の晩シモンの陣にある火薬をすっか....
こま犬」より 著者:岡本綺堂
もかくも昔から岡と呼ばれていたらしい。ここへ押寄せて来たのは浮田秀家と小西行長の両軍で、小袋喜平次も必死に防戦したそうだが、何分にも衆寡敵せずというわけで、四、....
潜航艇「鷹の城」」より 著者:小栗虫太郎
の奥に、砲声を聴くであろう。トリエスト、ヴェネチアを結ぶ線上に砲火が散り、そこが両軍の死線となるであろう。と、戦機のせまる異常な圧迫感が、日々に刻々とたかまって....
ファラデーの伝」より 著者:愛知敬一
代理として総指揮官となり、ミュンヘンを防ぎ、中立を厳守して、フランスオーストリア両軍とも市内に入れさせなかった。 それから、ロンドンへ全権公使として行くことに....
戦争史大観」より 著者:石原莞爾
に依り敵を圧迫する事に勉める。会戦を行なうためには政府の指示に依るを通例とする。両軍相対峙するに至れば互に小部隊を支分して小戦に依り敵の背後連絡線を遮断し、また....