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「中臣〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

中臣の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
神州纐纈城」より 著者:国枝史郎
之を問ふ、斯人にして斯疾あり」と。日本では神代の太古から、早く既にあったらしい。中臣の祓いに現われている。「国津罪とは生の膚断ち、死の膚断ち、白人古久美」と記さ....
十二支考」より 著者:南方熊楠
孫降下の折随い参らせた諸神を列《つら》ねて、天児屋根命《あまつこやねのみこと》は中臣連《なかとみのむらじ》等の祖などいった内に天宇受売命《あめのうずめのみこと》....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
な祓《はら》い清めらるるにきまったものじゃ、『罪という罪、咎という咎はあらじ』と中臣《なかとみ》のお祓いにもござる、物という物、事という事が有難いお光ばかりの世....
死者の書」より 著者:折口信夫
ちの居る女部屋までも、何時もずかずか這入って来て、憚りなく古物語りを語った、あの中臣志斐媼――。あれと、おなじ表情をして居る。其も、尤であった。志斐老女が、藤氏....
万葉秀歌」より 著者:斎藤茂吉
の山路越えむとする君を心に持ちて安けくもなし 〔巻十五・三七二三〕 狭野茅上娘子中臣朝臣宅守が、罪を得て越前国に配流された時に、狭野茅上娘子の詠んだ歌である。娘....
水の女」より 著者:折口信夫
語ができた。これがまた、神を育む姥(をば・うば)神の信仰の元にもなる。 大嘗の中臣天神寿詞は、飲食の料としてばかり、天つ水の由来を説いているが、日のみ子宿禰が....
あしびの花」より 著者:土田杏村
馬酔木の歌は二十首許り這入つてゐる。中でも有名なのは、天平宝字二年二月、式部大輔中臣清麻呂の宅で宴会のあつた時、来会者の大伴家持らが目を山斎に属して作つた歌三首....
安吾の新日本地理」より 著者:坂口安吾
逃げ散りました。皇子に仕えている重臣はみんな天智帝以来の高位高官で、蘇我|赤兄、中臣金、蘇我果安、巨勢人、紀大人、この五人が特別重臣。特に最も重臣たるのが左大臣....
武士を夷ということの考」より 著者:喜田貞吉
を征したるのことあれば、この朝にもまた必ずその挙ありしを察すべく、『新撰姓氏録』中臣志斐連条には、「雄略の御世に東夷不臣の民あり、人毎に強力にして朝軍を押防す、....
間人考」より 著者:喜田貞吉
皇女間人穴太部王というお方があり、その「間人」を寛永板刊本には「マヒト」と訓じ、中臣連胤蔵古写本には「ハシヒト」と読ませてある。そしてこの皇女の御事を法王帝説に....
古事記」より 著者:太安万侶
御門の神です。タヂカラヲの神はサナの地においでになります。このアメノコヤネの命は中臣《なかとみ》の連等《むらじら》の祖先、フトダマの命は忌部《いみべ》の首等《お....
山の人生」より 著者:柳田国男
区別すらも、すでに存置してはいなかったのであります。 しかも同じ『延喜式』の、中臣の祓詞を見ますると、なお天津罪と国津罪との区別を認めているのです。国津罪とは....
建国の事情と万世一系の思想」より 著者:津田左右吉
れることはこういう呪術祭祀であったので、それについての事務を掌っていたナカトミ(中臣)氏に朝廷の重臣たる権力のついて来たのも、そのためであった。 第五には、皇....
特殊部落の成立沿革を略叙してその解放に及ぶ」より 著者:喜田貞吉
は機織部すなわち服部であります。また玉を造るものが玉造部、豚を飼うものが猪飼部、中臣氏に属している部族が中臣部であります。そういうようにみな「部」と申しました。....
賤民概説」より 著者:喜田貞吉
文献に見当らぬ。しかし姓氏及び人名として、しばしばそれがあらわれている。間人連、中臣間人連、丹比間人宿禰、間人穴太部王、間人穴太部女王、間人皇女などこれである。....