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中郎将
「中郎将〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
中郎将の前後の文節・文章を表示しています。該当する11件の作品を表示しています。
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「李陵」より 著者:中島敦
。 陵が匈奴《きょうど》に降《くだ》るよりも早く、ちょうどその一年前から、漢の
中郎将《ちゅうろうしょう》蘇武《そぶ》が胡地《こち》に引留められていた。 元来....
「三国志」より 著者:吉川英治
したかと、時おり、思い出すのでしたが、近頃うわさに聞けば、盧植先生は官に仕えて、
中郎将に任ぜられ、今では勅令をうけて、遠く広宗(山東省)の野に戦っていると聞きま....
「三国志」より 著者:吉川英治
れて、十四万という大軍になった。 気勢をあげて、押し進むと、途中で董卓の女婿の
中郎将牛輔も、残兵五千をつれて、合流した。 いよいよ意気は昂った。 だが、や....
「三国志」より 著者:吉川英治
のれ、まだ囈言をほざくかっ」 剣を抜いて、あわや楊彪を斬り捨てようとしたとき、
中郎将|楊密が、あわてて郭※は剣を納めたけれども縛りあげた群臣はゆるさなかった。....
「三国志」より 著者:吉川英治
はどう思うな。曹操についたほうがよいか、袁紹の求めに従ったほうが利か?」 従事
中郎将の韓嵩は、群臣を代表して、つつしんで答えた。 「要するに、その大方針は、あ....
「三国志」より 著者:吉川英治
って、ついに国を失ってしまったのだ」 即ち、彼は王修の乞いを許し、その上、司金
中郎将に封じて、上賓の礼を与えた。 幽州(冀東)の方面では、早くも、曹軍の襲来....
「三国志」より 著者:吉川英治
。 それに従って、甘寧の手引きした呂蒙にも、この廉で恩賞があった。以後――横野
中郎将ととなうべしという沙汰である。 するとたちまち、こういう歓宴の和気を破っ....
「三国志」より 著者:吉川英治
を、周瑜へ渡して去った。――見れば孔明の手蹟である。 その文にいう。 漢ノ軍師
中郎将|諸葛亮、書ヲ大都督|公瑾(周瑜)先生ノ麾下ニ致ス。 亮、柴桑ノ一別ヨリ、....
「三国志」より 著者:吉川英治
れた。けれど彼はこう献策して、もう一人の大将を求めた。 「もと荊州にいて、劉表の
中郎将だった霍峻というものが、ご陣中に従っております。地味な人物で、これまでも余....
「三国志」より 著者:吉川英治
兆のせいにして、いわゆる機運を醸し、工作を運ぶという風であった。 王朗、華※、
中郎将|李伏、太史丞|許芝などという魏臣はついに許都の内殿へ伺佐して、 「畏れ多....
「三国志」より 著者:吉川英治
「子を誡むる書」というのが出てきた。 その後、瞻は十七の時蜀の皇妹と結婚、翰林
中郎将に任ぜられた。 父の遺徳は、みな瞻の上に幸いして、善政があるとみな瞻のな....