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「九重の〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

九重のの前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
ルバイヤート」より 著者:小川亮作
かに一杯、 さてあとはいつまでつづく? おれの命! むなしさよ 101九重の空のひろがりは虚無だ! 地の上の形もすべて虚無だ! たのしもうよ、生滅の宿....
死者の書」より 著者:折口信夫
の上に湧き上った宮殿楼閣は、兜率天宮のたたずまいさながらであった。しかも、其四十九重の宝宮の内院に現れた尊者の相好は、あの夕、近々と目に見た俤びとの姿を、心に覓....
中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
九日|賀名生で崩御。御年五十九。 ひきつれし百の司の一人だに今は仕へぬ道ぞ悲しき九重の玉のうてなも夢なれや苔の下にし君を思へば み吉野は見しにもあらず荒れにけり....
老中の眼鏡」より 著者:佐々木味津三
顧みて対馬守はふいっと言った。 「そろそろその時刻じゃ。微行の用意せい」 ――九重の筑紫の真綿軽く入れた風よけの目深頭巾にすっぽり面をつつむと、やがて対馬守は....
幕末維新懐古談」より 著者:高村光雲
ようなことで御座いますね。すると、この狆を見本にしてお彫りになれば、この狆の姿が九重のお奥へ参るわけで御座いますね」 「そうです。御場所柄のことで、高貴の方の御....
日本天変地異記」より 著者:田中貢太郎
暦二年七月の地震は「平家物語」に「せきけんの内、白川の辺、六せう寺皆破れくづる、九重の塔も、上六重を落し、得長寺院の三十三間の御堂も、十七間までゆり倒す、皇居を....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
方を見る。 「ナニ!」 竜之助は猪口《ちょく》を取落した。 お松がいま言うた九重の亡魂《なきたま》でなければ、竜之助の身の中から湧いて出る悪気《あっき》。 ....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
方木曾路へ迷い入って、あれをはるばると行けるだけ行ってみましょうか、やがては花の九重の都に至り上ることはわかっておりますが、天子の都も、今は兵馬倥偬《へいばこう....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
《つか》わせないところが、新座敷の身上かも知れぬ。 二十一 「九重の太夫さんが、自害をなされたお話、それとあの――芹沢《せりざわ》の隊長さんが....
法然行伝」より 著者:中里介山
丸十五歳|近衛院《このえいん》の御宇、久安三年の二月十三日に山陽の道を踏み上って九重の都の巷《ちまた》に上り著いた時、途中時の摂政《せっしょう》であった藤原忠通....
東山時代における一縉紳の生活」より 著者:原勝郎
陪し、その光景を日記に書きしるしておいたのが、これまた後世の人に教うるに、当時の九重の奥にも、いかに下ざまに流行した趣味好尚が波及しておったかをもってする貴重な....
三国志」より 著者:吉川英治
を正式に奏した。 建安二十四年の秋七月。 ※陽(陝西省・漢中の西方)に式殿と九重の壇をきずいて、五色の幡旗をつらね、群臣参列のうえ、即位の典は挙げられた。 ....
私本太平記」より 著者:吉川英治
らぬ天賦の御気質のほどがそれには窺われる。 で、思い合わされるのは。 いまは九重の上、お噂とて、なかなか洩れ難いが、かつて吉田定房の邸におられた皇太子時代に....
私本太平記」より 著者:吉川英治
、世の世直しを、一日も早くと、待ち望んでいるような」 「されば、輿論が先走って、九重の内のおしたくの方が、おくれがちだ。――しかし、きのう、おとといの南都行幸も....
私本太平記」より 著者:吉川英治
、持ちあわせの物代を食に換えて来たり、野葡萄だのあけびのツルなども曳いて、かつて九重の大膳寮では見もされぬ奇異な物も、柏の葉に載せて供御に差し上げたのではあるま....