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亡き後
「亡き後〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
亡き後の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「箕輪心中」より 著者:岡本綺堂
残していなかった。多くの場合、書置きというたぐいのものは、この世に未練のある者が
亡き後をかんがえて愚痴を書き残すか、あるいはこの世に罪のある者が詫び状がわりに書....
「幽霊塔」より 著者:黒岩涙香
れば、幾等自分が潔白でも私は活きて居られぬと思いました、イエ本統ですよ、夫だから
亡き後の事を頼む積りで権田時介を呼んで置きました」猶だ余よりも彼の権田弁護士を真....
「地球盗難」より 著者:海野十三
われる。シュワルツコッフ博士もまたウラゴーゴルと交際っているのであろう。辻川博士
亡き後は、シュワルツコッフ博士に訊くより外致し方がないのであろう。シュワルツコッ....
「真田幸村」より 著者:菊池寛
坪内逍遙博士の『桐一葉』など見ると、且元という人物は極めて深謀遠慮の士で、秀吉
亡き後の東西の感情融和に、反間苦肉の策をめぐらしていたように書いてあるが、嘘であ....
「黄鳥の嘆き」より 著者:甲賀三郎
どんなに妻を熱愛しているかを知る事が出来る。全く彼が子供を得た喜びの半分は、彼の
亡き後に妻が頼って行くものが出来たという事にあるのだ。彼は飽くまで自分を短命なも....
「地獄の使者」より 著者:海野十三
問だとか、今のような訊き方は断然やめて下さい」 そういった亀之介の態度には、兄
亡き後の今、この邸の主権者は自分だぞという気配が匂うようでもあった。――帆村は、....
「くろがね天狗」より 著者:海野十三
岡引虎松から云えば、世話になった故主半左衛門の遺した只一人の若様だった。半左衛門
亡き後のこととて、虎松は陰になり日向になり、この年若の半之丞を保護してきたつもり....
「転機」より 著者:伊藤野枝
て困ります。」 彼はそんなこともいった。若いSは谷中のために一生を捧げたT翁の
亡き後は、その後継者のような位置になって、残留民の代表者になって、いろいろな交渉....
「オフェリヤ殺し」より 著者:小栗虫太郎
関係するばかりでなく、末には諾威の王子フォーティンプラスとも通謀して、ハムレット
亡き後の丁抹を、彼の手中に与えてしまうのである。 その女ホレイショの媚体は、孔....
「安吾人生案内」より 著者:坂口安吾
、晩香は育ての親であった。学生の晩香を追慕する情は誠に涙ぐましいものがある。晩香
亡き後、私はむしろ二三子の手に死なんと願うものである。(と言っても決して長男夫婦....
「役者の一生」より 著者:折口信夫
顔を見ても悪婆という感じはせず、瞳が黒い上に、上品な顔の輪廓を持っている。田之助
亡き後に年少の源之助が妲妃のお百をして評判がよかったというほんの一寸したことから....
「青春の息の痕」より 著者:倉田百三
るつもりです。私は今は姉の万一にも恢復することをはかない頼みにいたしています。姉
亡き後の嬰児や養子や家事の心配などは今考えることさえ不安になりますから、私は姉の....
「扉の彼方へ」より 著者:岡本かの子
と同じ年の二十一で、みずみずした青年でした。官立大学で経済を学んでいたために、父
亡き後の母は、この遠縁に当って足繁く自家へ出入する青年を、何かと相談相手にして、....
「宝永噴火」より 著者:岡本かの子
の関係からでもあった。彼に僧として修業の費用を送っていたのは彼の母であったから母
亡き後はとかく学費にこと欠いて来た。そこへ伊予の松山の城下は富裕の評判高く行乞に....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
子が加っているのは異とするに足りぬ。ところでその下には六条家がついていて、清輔の
亡き後も、その方にはなお、顕昭法橋、宮内卿季経、さらに重家の子経家・有家など、歌....