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亡父
「亡父〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
亡父の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「或る女」より 著者:有島武郎
と裏切って、見る人のあわれを誘うほどだった。背水の陣と自分でもいっているように、
亡父の財産をありったけ金に代えて、手っ払《ぱら》いに日本の雑貨を買い入れて、こち....
「義血侠血」より 著者:泉鏡花
何を言うにも、まだ書生中の体《からだ》だろう、食うほどの芸はなし、実は弱ったね。
亡父《おやじ》は馬の家じゃなかったけれど、大の所好《すき》で、馬術では藩で鳴らし....
「東海道五十三次」より 著者:岡本かの子
の鉄道関係の会社に勤めて技師をしているということから、昨晩、倶楽部へ行ってふと、
亡父が死前に始終その名を口にしていたその人が先頃からこの地へ来てNホテルに泊って....
「鍵から抜け出した女」より 著者:海野十三
。そのわけは、ハルピン虎がその地で或る重大な悪事を犯しているところを、領事である
亡父準之介に見られたため、理不尽にも執務中の父を薄刃の短剣で背後から刺し殺したの....
「三人の双生児」より 著者:海野十三
かねばならない。それはいかなるわけかと云えば、最近妾は偶然の機会から船乗りだった
亡父の残していった日記帳を発見し、その中に、実に何といったらいいか自分の一身上に....
「食魔」より 著者:岡本かの子
た。お互いさまだ。」といって聞かせと、母にいい置いたそうだが、今宵考えてみれば、
亡父は考え抜いた末の言葉のようにも思える。子供にも彼自身に知られぬ意志がある。 ....
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
をしたり、折りおりには新宿の遊女屋遊びをしたりするのを主人が大目に見ているのも、
亡父の忠義を忘れない為であろう。たとい養子には据わらずとも、ゆくゆくは暖簾でも分....
「死者の書」より 著者:折口信夫
った。其に添えて、一巻の縁起文が、此御館へ届けられたのである。 父藤原豊成朝臣、
亡父贈太政大臣七年の忌みに当る日に志を発して、書き綴った「仏本伝来記」を、其後二....
「子をつれて」より 著者:葛西善蔵
西亜文学通が云った。 また、つい半月程前のことであった。彼等の一人なるYから、
亡父の四十九日というので、彼の処へも香奠返しのお茶を小包で送って来た。彼には無論....
「八犬伝談余」より 著者:内田魯庵
れるという前夕、故主に謁して折からのそぼ降る雨の徒々を慰めつつ改めて宝剣を献じて
亡父の志を果す一条の如き、大塚匠作父子の孤忠および芳流閣の終曲として余情|嫋々た....
「荒蕪地」より 著者:犬田卯
く、ありあまるエネルギーが体内にこもっていた。で、まだ山仕事の出来るくらいだった
亡父と話し合った。 「東京の方では、この寒さにまだ寝るところも出来なくて、バラッ....
「木曽の怪物」より 著者:岡本綺堂
これは
亡父の物語。頃は去る明治二十三年の春三月、父は拠ろなき所用あって信州軽井沢へ赴い....
「薄どろどろ」より 著者:尾上梅幸
来たので、夢の事を思って、慄然とした事がありました。 ▲それから、故人の芙雀が、
亡父菊五郎のところへ尋ねて来た事、これは都新聞の人に話しましたから、彼方へ出たの....
「明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
不可致事、但し初七日仏参之儀は都合に依り四十九日を当日と定め相延し可申事。 右者
亡父遺言状仮葬之翌日相開き一覧致候処本葬|云々之儀|有之候に付遺言を守り相営み不....
「深夜の客」より 著者:大倉燁子
目には有松家の財産を私が狙っているように云われるのも辛く、私の顔が母に似ず、段々
亡父に似てくるので養父はひどく厭がって、時には眼を覆うて私の顔を見ないようにした....