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仏間
「仏間〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
仏間の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「白蟻」より 著者:小栗虫太郎
毎朝一分も違わぬ時刻に――目醒めると動き出して、何時には、貫木《たるき》の下から
仏間の入口にかけて二回往復し、それから四分ほど過ぎると、土間の右から数えて五番目....
「少年と海」より 著者:加能作次郎
の抽出の奥の方にしまい込んで置いて、もう忘れて了っていたのでした。 為吉は奥の
仏間へ駆けて行って、その褒状を出して来ました。厚い鳥の子紙に、墨色も濃く、難破船....
「大切な雰囲気」より 著者:小出楢重
に大きいのが一つ、庭に二つ、薬屋だったからその製造場に一つ、前栽に稲荷様が一つ、
仏間に仏壇が一つ、合計すると相当の数に上った。 その神様の種類からいえば、先ず....
「薄紅梅」より 著者:泉鏡花
人参のごとく真まで染って、 「お祖母さん、お祖母さん、お祖母さん、そんな事より、
仏間へ行って、この、きれいな、珍らしいお客様の見えた事を、父、母に話して下さい。....
「入梅」より 著者:久坂葉子
衛は台所横の食事をするところに寝ることとなった。私達母子は夫の写真をかざっている
仏間と製作室と寝室をかねた六畳で一日の大かたを送った。そうしているうちに作衛がお....
「明治開化 安吾捕物」より 著者:坂口安吾
伝えるのは自分に課せられた一生の仕事であると心に誓うところがあった。 さッそく
仏間に入り、本尊の秘密の胎内から系図をとりだして調べた。この系図はまさしく慶長年....
「明治開化 安吾捕物」より 著者:坂口安吾
由也の寝室の入口まで泥の跡をたどって、みんなキレイにふいた。来客用のお座敷の次が
仏間、それから由也の部屋だ。ところが、座敷の床の間の青磁の花瓶と、飾り物の大きな....
「光り合ういのち」より 著者:倉田百三
たものか、幼い私の知るよしもなかった。 その年に豊姉の病気は治った。私は義兄が
仏間の父母の前で、「もう遊びません」と誓ってるところを見た。 私の町では燕の巣....
「露の答」より 著者:坂口安吾
でキャッチボールができるぐらい広々としている。土間の片側は寄りつきの間、茶の間、
仏間などで、片側は台所、湯殿などですが、この家では土間を利用した洋風の応接間があ....
「画筆に生きる五十年」より 著者:上村松園
の古い弟子の一人が、母の写真を撮り、絹地に大きく引き伸ばしてくれましたので、唯今
仏間に掲げてございます。これがあまりによく写されておりますので、今も生きてそこに....
「卵塔場の天女」より 著者:泉鏡花
わないうちに、君子は庖廚を遠ざかろう。お客様はそちらへ――ちょっとぼくは、ここの
仏間というのへ御挨拶。」―― 蔵前の違棚の前に、二人の唐縮緬友染の蒲団が設けて....
「今日になるまで」より 著者:上村松園
和九年の二月、八十六歳の高齢で歿しました。今では、門人が写してくれた大きな写真を
仏間にかけて、旅に出るときなど、「行って参ります」と言って、帰って来ると「お母さ....
「法隆寺再建非再建論の回顧」より 著者:喜田貞吉
、今の本堂の構造をなすに至ったのだと伝えられている。しかし今の本堂を見るに、その
仏間は必ずしも西の庇と謂うべきものではなく、東の大広間には善光夫妻及びその子善佐....
「チベット旅行記」より 著者:河口慧海
至極健全でありました。陽暦の八月頃は蕎麦の花盛りで非常に綺麗です。私はその時分に
仏間に閉じ籠って夕景までお経を読んで少し疲れて来たかと思いますと颯と吹き来る風の....
「戦争史大観」より 著者:石原莞爾
が他の全ザクセンを回復し、一部の兵を進めて南ドイツの諸小邦を屈服せしめた。 英
仏間には十一月三日仮平和条約なり、さすがのマリア・テレジヤも遂に屈服、一七六三年....