» 伊井

「伊井〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

伊井の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
力の曾我兄弟はまったく珍しかったかも知れません。 東京へ帰ってから聞きますと、伊井蓉峰の新派一座が中洲の真砂座で日露戦争の狂言を上演、曾我兄弟が苦力に姿をやつ....
残されたる江戸」より 著者:柴田流星
凝ったのは、料理屋とか芝居道の人々のそれだ。今も浜町の岡田や築地の音羽屋、根岸の伊井が住居なぞでは随分念の入った催しをする。 梅と桜 何事にも走りを好む江戸....
日本脱出記」より 著者:大杉栄
一月には雑誌を出そうと約束していた近藤憲二、和田久太郎等のほかに、近藤栄蔵(別名伊井敬)高津正道等と一緒に、週刊『労働運動』を創めた。前の二人は無政府主義者で、....
薄紅梅」より 著者:泉鏡花
誰が売女に好かれるか、それは知らないけれどもだよ。――塾の中に一人、自ら、新派の伊井|蓉峰に「似てるです。」と云って、頤を撫でる色白な鼻の突出た男がいる。映山先....
寺内の奇人団」より 著者:淡島寒月
で渡りをつけないで、別派の見世物として取扱われていたのでした。 それから次には伊井蓉峰の親父さんのヘヾライさん。まるで毛唐人のような名前ですが、それでも江戸ッ....
諸国の玩具」より 著者:淡島寒月
あった。 当時奥山の住人というと奇人ばかりで、今立派な共同便所のある処|辺に、伊井蓉峰のお父さんの、例のヘベライといった北庭筑波がいました。ヘベライというのは....
稚子法師」より 著者:国枝史郎
ていたが、主君の命で前髪を尚艶々しく立てていた。主君と彼との関係は、家康に於ける伊井万千代、信長に対する森蘭丸と大方同じものであったが、蘇門が老年であった為め、....
十二神貝十郎手柄話」より 著者:国枝史郎
ら主人は名を上げた。松本伊豆守から五個、赤井越前守から三個、松平|正允から二個、伊井中将から一個、浜田侍従から一個。……等々であった。 「なるほど」 と貝十郎....
役者の一生」より 著者:折口信夫
彼の姉が――縁のつづき合いは知らぬが、日本の写真商売にとっては、大先輩だった――伊井蓉峰の父親の北庭筑波の門に入って写真を習い、新富町に塙芳野という表徳で、写真....
ハイカラ考」より 著者:木村荘八
と云ったところで、個々の「好男子」を数え立ててもイミはない。 明治の新派俳優の伊井蓉峰は、その名の「いい容貌」とあった通り、一世の美男を謳われたものだったが、....
明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
を組織しようと考えた。その尽力と後援とによって成立したのが、済美団という一座で、伊井蓉峰がこの時初めて舞台の人となったのである。水野好美も画筆をなげうって参加し....
四十年前」より 著者:内田魯庵
当夜の賓客は日本の運命を双肩に荷う国家の重臣や朝廷の貴紳ばかりであった。主人側の伊井公侯が先ず俊輔聞多の昔しに若返って異様の扮装に賓客をドッと笑わした。謹厳方直....
明治演劇年表」より 著者:岡本綺堂
使の抗議に遭い、半途よりその一幕を削りて、更に「義経腰越状」を加う。 ○十一月、伊井蓉峰、水野好美らが済美団を起し、浅草公園の吾妻座にて開演。女優として千歳米坡....
唖娘」より 著者:田中貢太郎
伊井蓉峰の弟子に石井|孝三郎と云う女形があった。絵が好きで清方の弟子になっていた....
雷門以北」より 著者:久保田万太郎
校歌の出来たのもその時分だった。 その学校の、古い時分の卒業生に、来馬琢道氏、伊井蓉峰氏、田村とし子氏、土岐善麿氏、太田孝之博士がある。わたしと大ていおんなし....