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伊勢大神宮
「伊勢大神宮〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
伊勢大神宮の前後の文節・文章を表示しています。該当する9件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
米と麦とを三升ばかりに銭五十文ほど亭主に礼心にやって、それから毎日毎日乞食をして
伊勢大神宮へ参ったが、夜は松原または川原、或いは辻堂へ寝たが、蚊にせめられてロク....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
れぬ檜林が方何十里というもの続いているところは、恐ろしいほどの壮観でございます。
伊勢大神宮の御用林もその中にございます。それを、高さ二十間もある大木を、この辺の....
「鳴雪自叙伝」より 著者:内藤鳴雪
の婦人でも一切出来ぬことであった。が、ここに取のけがある。それは神仏の参詣、即ち
伊勢大神宮とか、隣国の讃岐の金比羅とかへの参詣は、特に願って往復幾日かの旅程を定....
「安吾の新日本地理」より 著者:坂口安吾
の両面、つまり正史においてはクマソ日本武尊の二ツによく似ています。五瀬命は恐らく
伊勢大神宮の重大な隠し神様、荒ミタマだろうと思います。そして実際は今の天皇系では....
「岩魚」より 著者:佐藤垢石
ど、自ら旅支度を整えて、善光寺から越前の永平寺へ、京都の神仏を歴詣し、高野山から
伊勢大神宮へ出て、成田の不動さままで頼んで沼之上の家へ帰ってきた。 しかし、そ....
「奥州における御館藤原氏」より 著者:喜田貞吉
たことは、彼が仏に対する詐らざる告白によって争うことが出来ないのである。源行家が
伊勢大神宮に捧げた「願文」に後三年の役のことを述べて、「祖父義家……国家の為に不....
「宮本武蔵」より 著者:吉川英治
ない、行こうということになって今日もまた、武蔵を馬の背にのせて、松坂へ出、やがて
伊勢大神宮への何里とつづく参道並木を暮れ方に見た。 冬であるにしても、街道の茶....
「宮本武蔵」より 著者:吉川英治
神宮さまだった。 この辺には、御所のお米を作る御田という名が残っていた。そして
伊勢大神宮の御厨の土地でもあった。飯倉という地名も、そこから起ったのであろう。 ....
「日本の伝説」より 著者:柳田国男
あります。昔大石越前守という人が、伊勢国からこの石を懐に入れて参りまして、これを
伊勢大神宮と崇めたともいえば、或は一人の老いたる尼が、小石を袂に入れてこの地まで....