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伊都
「伊都〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
伊都の前後の文節・文章を表示しています。該当する14件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「神社合祀に関する意見」より 著者:南方熊楠
り届けやりし人ありと聞く。西牟婁郡三川豊川村は山嶽重畳、一村の行程高野山を含める
伊都郡《いとごおり》に等しと称す。その二十大字三十二社を減じて、ことごとく面川《....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
時は、それの所在がわからなかったが、旅へ持ち出すとなって当りがついたから、それで
伊都丸の枕許からこれを持ち出したのだ。 そういう計画的のことであるからして、系....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
尾張名古屋城下第一の美人とうたわれた銀杏加藤《ぎんなんかとう》の奥方と、その弟|
伊都丸《いつまる》と、岡崎藩の美少年|梶川与之助《かじかわよのすけ》のその後の物....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
もそのままになっている――美しき銀杏加藤《ぎんなんかとう》の奥方と、梶川少年と、
伊都丸少年とが、一は名古屋城下に戻り、一は阿蘇山麓に向う一条は余派の如くして、し....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
中────┼─道庵先生 ├─お雪ちゃん └─加藤
伊都丸《かとういつまる》 ┌─銀杏加藤《ぎんなんかとう》の奥方 ....
「万葉秀歌」より 著者:斎藤茂吉
流の句の一つと謂っていい。書紀垂仁巻に、天皇以とあり、古事記雄略巻に、美母呂能、
伊都加斯賀母登、加斯賀母登、由由斯伎加母、加志波良袁登売、云々とある如く、神聖な....
「弓道中祖伝」より 著者:国枝史郎
と高天原に参る。大神、尊を疑わせられ、千入の靱を負い、五百入の靱を附け、また臂に
伊都之竹鞆を取り佩き、弓の腹を握り、振り立て振り立て立ち出で給うと、古事記に謹記....
「夜の構図」より 著者:織田作之助
室のベッドの上で、見も知らぬ行きずりの女の体を濡らしていたのである。 娘は中筋
伊都子という。十九歳だが、雀斑が多いので二十二歳に見える。少し斜視がかって、腋臭....
「国栖の名義」より 著者:喜田貞吉
云えば、『クニスミ』という方に重きを置きたい。『スミ』が『ス』になるのは、紀伊国
伊都郡なる『スミダ』(隅田)八幡宮を、『スダ』と呼んでいるなど、その例が多い。或....
「挿話」より 著者:徳田秋声
きい立派な顔の……二三日前に聞きましたわ。もう少し生きていてもらわんと困るって、
伊都喜さんが話していらしたわ」
伊都喜というのは、道太の兄のやっている会社の社....
「随筆 新平家」より 著者:吉川英治
の間に、長男のHの生まれる素因が生じたわけだった。だから命名は、厳島にちなんで、
伊都岐とつけようなどと思ってもいたのだが、ちょうど上海へ旅行中の留守に産まれたた....
「雨」より 著者:織田作之助
嗤いながら、円山公園で最後に接吻した女専の生徒に手紙を出した。妹でございます、姉
伊都子ことは昨年の暮ふとした病気にかゝり、十二月二十日夜永遠にかえらぬ旅に立って....
「日本の伝説」より 著者:柳田国男
へんなことだといって、大師が錫杖のさきで、穿って下さった井戸だといっております。
伊都郡の野村という所などは、弘法大師が杖で突いてから涌き出したと伝わって、幅五尺....
「俗法師考」より 著者:喜田貞吉
伯郡に一ヶ所、今もありと、これは倉光清六君の報告(本誌四の二、六〇頁参照) 紀伊
伊都郡相賀庄の野村の産所は陰陽師云々。これは本居氏『賤者考』の記事。 同国 同郡....