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「俗文〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

俗文の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
地球を狙う者」より 著者:海野十三
の生物は、体躯が矮小で、知能は高く、強大なる原動力を支配し、すでに地球上の地形風俗文化さえも調査ずみであり、実に恐るべき生物である。しいて、弱気をあげるならば、....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
美濃派の俳諧の嗜みもあったから、臨終に近い枕もとで、父から求めらるるままに、『風俗文選』の一節を読み聞かせたが、さもあわれ深く父はそれを聞いていて、やがて、「半....
思想と風俗」より 著者:戸坂潤
ではないだろうか。私は文学と社会時評との本質上の連絡を強調するものであるが(「風俗文学としての社会時評」)、この主張からすれば、文芸時評だって社会時評や論壇時評....
大衆文芸作法」より 著者:直木三十五
た老人達のみで三十年以前から書き来《きた》った儘《まま》に、漸く消えなんとする通俗文芸の命脈を保っているに過ぎなくなった。 樗牛、鴎外、抱月、逍遥四人の優れた....
日本イデオロギー論」より 著者:戸坂潤
、彼等の利害を代表し、彼等の手によって運動の形に移される。転向文学から純文学、通俗文学(菊池・久米の如き)を含む文学動向(大衆文学は別だ)は、今日何と云っても有....
現代唯物論講話」より 著者:戸坂潤
用を付与するものは、常識・通念・世論・等々であるが、ここに再び、文芸の領域では通俗文学や大衆小説の問題が、一般に文化と啓蒙との問題が、横たわっているのを見ること....
思想としての文学」より 著者:戸坂潤
ズムの再評価という問題の提起からである。文学が文学としての純粋さを失って、所謂通俗文学に堕すことなしに、而も之を大衆的な興味に訴えることがどうして出来るか、とい....
獄中消息」より 著者:大杉栄
っているらしい。まず古いものから順次新しいものに進んで、ことに日本では徳川時代の俗文学に意を注いで見たい。これは別に書物を指定しないから、兄※などに相談して毎月....
新女大学」より 著者:福沢諭吉
年少女子の為めに無害なれども、若しも一々これを解釈して詳《つまびらか》に今日の通俗文に翻訳したらば、婬猥《いんわい》不潔、聞くに堪えざること俗間の都々一《どどい....
悲願に就て」より 著者:坂口安吾
のが今日では大衆文学にすぎなくなっていることのように、一時代の芸術が次の時代の通俗文学にすぎない例は数多い。というのは、その作品の生みだした新らしい倫理が次の時....
哲学の現代的意義」より 著者:戸坂潤
訳は民族的特色の最も生々として生彩と思われるものを、一応脱ぎ捨てさせるものだ。風俗文学と呼ばれるものの風俗や、肉体化は、この際気の毒ながら無駄な飾りであったよう....
二葉亭余談」より 著者:内田魯庵
で魏叔子や壮悔堂を毎日繰返し、同じ心持で清少納言や鴨長明を読み、馬琴や京伝三馬の俗文学までも究め、課題の文章を練習する意で近松や馬琴の真似をしたり、あるいは俗文....
二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
の一と通りを究めねばならなかった。二葉亭は漢学仕込で魏叔子や壮悔堂を愛読し、国文俗文の一と通りにも通じていたが、いよいよ文学を生命とするとなると、それまでは閑余....
欧米各国 政教日記」より 著者:井上円了
国語に訳したる『バイブル』を用い、人をしてその意を解しやすからしむ。真宗にても通俗文のものを用い、愚俗をしてたやすく宗意を解せしむること。 第二点、新教も真宗も....
日本の民衆と「日本的なるもの」」より 著者:戸坂潤
の種の「具体化」ということにこの時すでに気づき始めた。横光利一氏が純文学にして通俗文学である処の純粋小説論を唱えたのも、その論理の説得力は別として、この問題を捉....