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「保延〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

保延の前後の文節・文章を表示しています。該当する5件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
江戸芸術論」より 著者:永井荷風
べきは劇場内外の光景を描ける風俗的|景色画《けいしょくが》のこととす。元文より寛保延享寛延に至る頃奥村政信|及《および》その一派の画工は室内の遠景を描ける大板《....
奥州における御館藤原氏」より 著者:喜田貞吉
治二年八月十五日条)に、彼の言として、「弓馬の事は在俗の当初憖に家風を伝ふと雖、保延三年八月遁世之時、秀郷朝臣以来九代嫡家相承の兵法焼失す」とあるによって明かで....
法然行伝」より 著者:中里介山
かったから、上役たる定明が深くこれを憎み怨《うら》んでいた。 この怨みが積って保延《ほうえん》七年の二月定明は時国を夜討ちにした。その時に勢至丸は九つであった....
中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
たためであろう。今見るところでは二十二歳のときの歌が残っている。二十五歳のとき、保延四年、和泉前司道経になかだちを頼み、藤原|基俊の弟子となった。基俊は康治元年....
随筆 新平家」より 著者:吉川英治
うか。どうぞ、おゆるしをねがいます。 昭和三十三年五月一日 英治 時、保延三年。藤原専制の末期――西紀一一三七年。 崇徳帝の朝廷と、鳥羽上皇の院政と....