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「俳友〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

俳友の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
夜明け前」より 著者:島崎藤村
「どうもおかみさんのような人にあっちゃ、かないませんよ。」 この家へは、亭主が俳友らしい人たちも訪ねて来れば、近くに住む相撲取りも訪ねて来る。かみさんを力にし....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
を繰って、なんと言っても美濃衆の多いことをさして見せ、わざわざ弔いに見えた美濃の俳友なぞもあることを話したあとで、さらに言葉をついで、 「まあ、清助さん、そう働....
」より 著者:徳田秋声
こいらで、色気のある気遣いはないんですからね。」 笹村はしばらく打ち絶えていた俳友の一人から、ある夕方ふと手紙を受け取った。少しお話したいこともあるから、手隙....
僕の昔」より 著者:夏目漱石
本を教えさされて、大変困ったことがあった。あの早稲田の学生であって、子規や僕らの俳友の藤野|古白《こはく》は姿見橋――太田|道灌《どうかん》の山吹《やまぶき》の....
十二支考」より 著者:南方熊楠
喜んで食う。それから『皇都午睡』初篇中巻にいわく、岐蘇《きそ》の猿酒は以前信州の俳友より到来して呑みたるが、こは深山の木の股《また》、節穴などの中に猿秋の木実を....
変災序記」より 著者:田中貢太郎
なっていた。両側の家家の屋根瓦は剥げ落ちて、瓦の下に敷いたソギが現れていた。私は俳友の鈴木寿月君のことが気になったので、右の方へと曲って往った。寿月君の宅はすぐ....
狸と俳人」より 著者:田中貢太郎
として知られていた。 庄造は煩雑なことが嫌いなので、妻も嫁らず時どき訪れて来る俳友の他には、これと云って親しく交わる人もなく、一人一室に籠居して句作をするのを....
西林図」より 著者:久生十蘭
一 冬木《とうぼく》が縁の日向に坐って、懐手でぼんやりしているところへ、俳友の冬亭《とうてい》がビールと葱をさげてきて、今日はツル菜《な》鍋をやりますと....
水草」より 著者:久生十蘭
朝の十時ごろ、俳友の国手石亭《ドクトルせきてい》が葱《ねぎ》とビールをさげてやってきた。 「へ....
子規居士と余」より 著者:高浜虚子
快を感じたる事なし。詩を作り俳句を作るには誠に誂え向きの病気なりとて自ら喜びぬ。俳友も時におとずれくるるに期せずして小会を開くことさえ少からず。きのうは朝より絵....
漱石氏と私」より 著者:高浜虚子
か病気か無性か、或は三者の合併かと存候。小生僻地に罷在、楽しみとするところは東京俳友の消息に有之、何卒爾後は時々景気御報知|被下度候。近什少々御目にかけ候。御暇....
草と虫とそして」より 著者:種田山頭火
つましい草であろう。梅の花を小さくしたような赤い花は愛らしさそのものである。或る俳友が訪ねて来て、その草を見つけて、子供のために摘み採ったが、その姿はほほえまし....
河伯令嬢」より 著者:泉鏡花
路も馬も渉取り、正午頃には早く所口へ着きました。可心は穴水の大庄屋、林水とか云う俳友を便って行くので。……ここから七里、海上の渡だそうです。 ここの茶店の女房....
病牀苦語」より 著者:正岡子規
た変らせる必要もないと思う。 ○こういうように毎日集まって話をして居る内には自ら俳友仲間の評判なども常に出るので、それがために前々号に挙げた『俳諧評判記』のよう....
鳴門秘帖」より 著者:吉川英治
運座の帰りは遅いものときまっているが、その晩も例に洩れないで、源内や四、五人の俳友たちが、真言坂をだらだらと降りてきたのは、かなり夜更けであった。 源内と柳....