元年[語句情報] »
元年
「元年〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
元年の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「古千屋」より 著者:芥川竜之介
一
樫井《かしい》の戦いのあったのは元和《げんな》
元年《がんねん》四月二十九日だった。大阪勢《おおさかぜい》の中でも名を知られた塙....
「俊寛」より 著者:芥川竜之介
と御話に伺い入りました。
四
「おれがこの島へ流されたのは、治承《じしょう》
元年七月の始じゃ。おれは一度も成親《なりちか》の卿《きょう》と、天下なぞを計った....
「江戸か東京か」より 著者:淡島寒月
れまでは軒下の格子などはなかったものだ。 世の中がこんなに動乱を極めている明治
元年の頃は、寄席などに行くものがない。ぺいぺい役者や、落語家やこの種の芸人が食う....
「明治十年前後」より 著者:淡島寒月
西鶴は俳諧師で、三十八の歳|延宝八年の頃、一日に四千句詠じたことがある。貞享
元年に二万三千五百句を一日一夜のうちによんだ。これは才麿という人が、一日一万句を....
「頭髪の故事」より 著者:井上紅梅
々々して、ようやく犯罪の烙印が消えた。 わたしはね、わたしもやはり同様だった。
元年の冬、北京《ペキン》へ行《ゆ》くと人から幾たびも罵られたが、後ではわたしを罵....
「村芝居」より 著者:井上紅梅
十年のうちで、しかもとうとう何の意味をも見出さずに出て来たのだ。 第一囘は民国
元年、わたしが初めて北京へ行った時、ある友達から「ここの芝居は一番いいから、以て....
「怪異黒姫おろし」より 著者:江見水蔭
った。 寛文十二年二月二十一日晩方、高田殿は逝去した。天徳寺に之を葬った。天和
元年には、家断絶。世にいう越前家の本系は全く滅亡に及んだのだ。 滝之助の怨恨。地下に初めて晴れしや如何に。....
「あのころ」より 著者:上村松園
仲子は十六、七でしたが、そのときの恐ろしさをときどき話していられました。 元治
元年の年のことであります。 間もなく四条御幸町西入奈良物町に家をたてて、そこで....
「小坂部姫」より 著者:岡本綺堂
数えるとおよそ三百年、ほとんど絶え間なしに打ちつづいた日本国じゅうの争乱も、元和
元年の大坂落城を最後としてひとまず静謐に帰したが、寛永十四年の冬から十五年の春に....
「妖怪学」より 著者:井上円了
これ、九星によりて人の性質を憶定する秘訣にして、これを年に配するときは、 明治
元年六白 二年五黄 三年四緑 四年三碧 五年二黒 六年一白 七年九紫 八年八白 ....
「鴎外博士の追憶」より 著者:内田魯庵
いう説がある。左に右く天禀の才能に加えて力学衆に超え、早くから頭角を出した。万延
元年の生れというは大学に入る時の年齢が足りないために戸籍を作り更えたので実は文久....
「二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
成の断片であるが、その幼時を知るにはこれに如くものはなかろう。曰く、 余は元治
元年二月二十八日を以て江戸|市ヶ谷合羽坂尾州分邸に生れたり。父にておはせし人はそ....
「宝永噴火」より 著者:岡本かの子
鶴も娘もじりじり痩せて行った。 こんなことで元禄十六年も暮れ、翌年改元して宝永
元年の春になった。慧鶴が清水の土地を思い切り、美濃の檜木の瑞雲寺へ入って馬翁とい....
「仏教人生読本」より 著者:岡本かの子
六十万人を目標に「光明」の文字を書いた賦算を配って歩いた時宗の開祖一遍上人(延応
元年に生れ正応二年に歿す)があります。上人の歌に、 とも跳ねよかくても踊れこころ....
「戦争史大観」より 著者:石原莞爾
少佐)、オーストリア駐在武官の山下中将をもわずらわして不足の資料を収集した。昭和
元年から二年への冬休みは、安房の日蓮聖人の聖蹟で整頓した頭を以て、とにかく概略の....