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入谷
「入谷〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
入谷の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
一 「あなたはお芝居が好きだから、河内山《こうちやま》の狂言を御存知でしょう。三千歳《みちとせ》の花魁《おいらん》が
入谷の寮へ出養生をしていると、そこへ直侍《なおざむらい》が忍んで来る。あの清元の....
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
戸で片目の按摩が七人いましたよ。そのなかで肩あげのある者四人の身許を探索すると、
入谷の長屋にいる周悦という今年十四歳の小按摩がおかしい。こいつは子供の時にいたず....
「名人長二」より 著者:三遊亭円朝
「左様じゃによって幸兵衞を好きように主人へ執成し、柳に※諛い、体よく暇を取って、
入谷へ世帯を持ち、幸兵衞を同居いたさせ置き、柳と密会を致させたのであろう、上には....
「残されたる江戸」より 著者:柴田流星
て露の白玉を宿す蓮の清新を賞する、洵にあらそい難きことどもである。 その朝顔、
入谷なるを本場とし、丸新、入又、植惣なんど、黎明より客足しげく、昔ながらの朝顔人....
「栃の実」より 著者:泉鏡花
のである。従って、一門の誰かれが、大概洋傘を意に介しない。連れて不忍の蓮見から、
入谷の朝顔などというみぎりは、一杯のんだ片頬の日影に、揃って扇子をかざしたのであ....
「湯島の境内」より 著者:泉鏡花
となり、 仮声使、両名、登場。 ※上野の鐘の音も氷る細き流れの幾曲、すえは田川に
入谷村、 その仮声使、料理屋の門に立ち随意に仮色を使って帰る。 ※|廓へ近き畦道....
「薄紅梅」より 著者:泉鏡花
きおいで左右へ捌いた形は、空を飛んで翔けるがごとし。不忍池を左に、三枚橋、山下、
入谷を一のしに、土手へ飛んだ。……当時の事の趣も、ほうけた鼓草のように、散って、....
「貞操問答」より 著者:菊池寛
けた。 自動車は、美和子に命ぜられていたと見え、公園裏のコンクリートの大道を、
入谷から寛永寺坂にかかって、上野公園の木立の闇を縫い、動物園の前で止まった。 「....
「絶景万国博覧会」より 著者:小栗虫太郎
飾ること なんにしろ明治四十一年の事とて、その頃は、当今の接庇雑踏とは異なり、
入谷田圃にも、何処かもの鄙びた土堤の悌が残っていた。遠見の北廓を書割にして、茅葺....
「幕末維新懐古談」より 著者:高村光雲
圃で、この方に太郎稲荷(この社は筑後柳川立花家の下屋敷内にある)の藪が見え、西は
入谷田圃に続いて大鷲神社が見え、大音寺前の方へ、吉原堤に聯絡する。この辺が例のお....
「幕末維新懐古談」より 著者:高村光雲
時、師匠は、享年五十四でありました。 法名は、光岳院法誉東雲居士、墓は下谷区|
入谷町静蓮寺にございます。 これより先、師匠の病篤しと聞き、彼の亀岡甚造氏には....
「幕末維新懐古談」より 著者:高村光雲
から、サシで担がなければなりません。その片棒を私がやって、親子で寿町の家を出て、
入谷田圃を抜けて担いで行く。 御承知の通り大鷲神社の境内は狭いので、皆無理をし....
「白花の朝顔」より 著者:泉鏡花
――弥生ごろだったと思います。その夏、土用あけの残暑の砌、朝顔に人出の盛んな頃、
入谷が近いから招待されて、先生も供で、野郎連中六人ばかり、大野木の二階で、蜆汁、....
「上野」より 著者:永井荷風
町には某楼があり、駒込追分には草津温泉があり、根岸には志保原伊香保の二亭があり、
入谷には松源があり、向島秋葉神社境内には有馬温泉があり、水神には八百松があり、木....
「美味放談」より 著者:北大路魯山人
本可亭があった。これは岡本一平のお父さんであるが、当時僕はこのひとに連れられて、
入谷の朝顔、団子坂の菊などを見に行った。朝顔などはすでに京都の方がずっとすぐれて....