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八代
「八代〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
八代の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
納めたものか昔から判らなかったんですが、その慶安四年から六七十年の後、享保年間に
八代将軍が当社へ参詣なされたことがあるそうで、その時にこの絵馬を仰いで、これは正....
「猿飛佐助」より 著者:織田作之助
、後撰、拾遺の三代集に、後拾遺、金葉、詞花、千載、新古今の五つを加えて、世にいう
八代集をはじめ、源実朝卿の金|槐集、西行坊主の山家集、まった吉野朝三代の新葉集に....
「中国怪奇小説集」より 著者:岡本綺堂
を引いて、江浙行省に出願し、天師をむかえて潮を退けることになった。時の天師は三十
八代の凝神広教真人である。 やがて使者が迎いに行ったが、真人はその聘礼の方法が....
「絶景万国博覧会」より 著者:小栗虫太郎
え、実はそれが、私のものなんだよ。私のこの白笄は、いわば全盛の記念だけど、玉屋の
八代の間これを挿したものと云えば、私の外何人もなかったそうだよ。それには、こう云....
「鐘ヶ淵」より 著者:岡本綺堂
々の当主は右之助と呼ばれていた。ところで、今から六代前の大原右之助という人は徳川
八代将軍吉宗に仕えていたが、その時にこういう一つの出来事があったといって、家の記....
「備前天一坊」より 著者:江見水蔭
一 徳川
八代の将軍|吉宗の時代(享保十四年)その落胤と名乗って源氏坊天一が出た。世上過っ....
「怪異暗闇祭」より 著者:江見水蔭
武州|御岳山で生れたんだ。代々山伏だ。俺の先祖は常陸坊海尊。それから血統正しく十
八代伝わっている。長命が多いので、百歳以上まで生きたのが二三人ある。代々夜目が利....
「取返し物語」より 著者:岡本かの子
町時代末期) 処 近江国琵琶湖東南岸 人 蓮如上人 浄土真宗の開祖親鸞聖人より
八代目の法主にして、宗門中興の偉僧。世に言う「御文章」の筆者。六十九歳。 竹原の....
「明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
―おその六三をざんぎり物に書き直した新狂言に、五代目菊五郎が大工の六三郎に扮し、
八代目岩井半四郎が福島屋の娘お園に扮して、いずれも好評を博したのから起こったもの....
「源之助の一生」より 著者:岡本綺堂
もいい得るかも知れない。 江戸末期より明治の初年に亘って、名女形として知られた
八代目岩井半四郎は、明治十五年二月、五十四歳を以て世を去った。源之助がその年の冬....
「チベット旅行記」より 著者:河口慧海
ら見てもなかなか智慮に富んで居る法王であることはよく分る。
これまでチベットで
八代から十二代に至る五代の法王というものは、歳二十五まで生きて居られたお方は一人....
「明治演劇年表」より 著者:岡本綺堂
打って出づることを企てしは、守田勘弥の慧眼というべし。 ○二月、二代目岩井紫若、
八代目半四郎と改名す。 ○五月、中村座の大切浄瑠璃に「音響曲馬鞭」を上演、そのこ....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
材などは何もないのである。(そのことについては、精しくは拙著『新古今時代』中の「
八代集四季部の題における一事実」を読んでいただきたい。)『千載集』の詩はかくて、....
「古事記」より 著者:太安万侶
の方の白檮《かし》の尾《お》の上《え》にあります。 二、綏靖《すいせい》天皇以後
八代 綏靖天皇 ――以下
八代は、帝紀の部分だけで、本辭を含んでいない。この項....
「自来也の話」より 著者:岡本綺堂
に人気を得たのは、前に云った豊国の挿絵が時好に投じたのと、もう一つには人気俳優の
八代目団十郎が児雷也を勤めたと云うことにも因るらしい。尤もこの作の評判がよいから....