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「内城〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

内城の前後の文節・文章を表示しています。該当する13件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
碧蹄館の戦」より 著者:菊池寛
屈せず屍を踏んで城壁を攀じる。日本軍刀槍を揮って防戦に努めるけれども、衆寡敵せず内城に退いた。李如松楊元等は普通門より、李如柏は合毬門より、張世爵は七星門より外....
島原の乱」より 著者:菊池寛
本丸を、闇の中に浮き出させて居た。 二十八日卯の頃、総軍十二万五千余は、均しく内城に迫った。城中の宗徒も今日が最後と覚悟したから、矢丸を惜しまず、木石を落し、....
中国怪奇小説集」より 著者:岡本綺堂
都に驚風を病む小児が絶えた。 羅刹鳥 これも鳥の妖である。清の雍正年間、内城の某家で息子のために※を娶ることになった。新婦の里方も大家で、沙河門外に住ん....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
覚えてから一日も、銀杏加藤の奥方の頭から離れたことはないのです。 けれども、城内城下ではそんなことを、奥方が自負しているほどに高価に買うものはなく、かえってそ....
北京・青島・村落」より 著者:豊島与志雄
のを持ってる都市は支那全土にない。 地図を見ればすぐに分ることであるが、北京は内城地域と外城地域とからなり、内城の中央に、その六分の一に当る広さの旧皇城がある....
くぐつ名義考」より 著者:喜田貞吉
暦儀式帳にある。倭姫世記にも久求小野に久求社を定め賜うたとある場所で、今の度会郡内城田村上久具にその社はあるのである。その地は宮川の上流に瀕した山間の平地で、久....
西航日録」より 著者:井上円了
二十二日夜半なり。翌朝八時小汽船に駕し、黄浦をさかのぼりてシャンハイに上陸し、城内城外を一巡し、湖心亭茶園・愚園等を遊覧す。城外の市街はその広大なる、神戸、横浜....
宮本武蔵」より 著者:吉川英治
ヵ月、その試合の期日と成行きとに、そそがれていたのであった。同時に。 かくと城内城下に噂がひろまってから、萩之小路の巌流のやしきへ何かにつけ、朝夕、足しげく通....
鳴門秘帖」より 著者:吉川英治
ました。徳川家より嫁いできたその奥方、また毒を仰いで助任川に身を投じた。すわ、城内城下は申すに及ばず、阿波一国の騒動、鼎のわくがごとしでござる」 「徳川討てと叫....
三国志」より 著者:吉川英治
の城府は、挙げて、遠征の兵馬を迎え、市は五彩旗に染まり、夜は万燈にいろどられ、城内城下、七日七夜というもの酒の泉と音楽の狂いと、酔どれの歌などで沸くばかりであっ....
三国志」より 著者:吉川英治
もって囲み、自身はその真ん中に大将旗を立てて指揮に当り、重厚な陣形を作って徐々と内城の大手へ迫った。 しかし李典は、城内の空気に、なにか変な静寂を感じたので、....
三国志」より 著者:吉川英治
た。 しかし、審配は毅然として、防禦の采配を揮った。ために、外城の門は陥ちたが内城の壁門は依然として固く、さしもの曹操をして、 「まだかつて、自分もこんな難攻....
黒田如水」より 著者:吉川英治
ろうゆえ」 信長の言質と、圧切の一刀を持って、官兵衛はひとまず城を退がった。城内城下はこの日も来往の諸大将とその兵馬で輻輳していた。丹羽、滝川、柴田、或いは佐....