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内訌
「内訌〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
内訌の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「星座」より 著者:有島武郎
に感じたけれども、何かまたはばむものがあってそれをさせなかった。衝動はいたずらに
内訌《ないこう》するばかりだった、彼は急いだ、大通りを南へと。
三隅の家の軒先....
「時代閉塞の現状」より 著者:石川啄木
義との結合を今なお意識しかねていることや、その他すべて今日の我々青年がもっている
内訌《ないこう》的、自滅的傾向は、この理想|喪失《そうしつ》の悲しむべき状態をき....
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
人は詰腹を切らされた。そのほかに閉門や御役御免などの処分をうけた者もあって、この
内訌も無事に解決した。 これでもう澹山の役目は済んだものの、他人のあつめてくれ....
「親子」より 著者:有島武郎
が父には暢気な言いごとと聞こえるのも彼は承知していないではなかった。父ははたして
内訌している不平に油をそそぎかけられたように思ったらしい。 「寝たければお前寝る....
「反戦文学論」より 著者:黒島伝治
、「義人ジミー」に於て、帝国主義戦争に対する、プロレタリア階級のいろ/\な意識の
内訌を書いている。一面では、シンクレエアが欧洲大戦当時、彼自身がとった、少なから....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
紀州と一橋との将軍継嗣問題以来、苦しい反目を続けて来た幕府の内部は、ここにもその
内訌の消息を語っていた。 それにしても、政治の中心はすでに江戸を去って、京都の....
「蒲生氏郷」より 著者:幸田露伴
んとしたので、弾正が片倉小十郎に因って政宗に援を請うたところから紛糾した大崎家の
内訌《ないこう》が、伊達対大崎の戦となり、伊達が勝てば氏家弾正を手蔓《てづる》に....
「日本イデオロギー論」より 著者:戸坂潤
優越性があるだろうか。解釈学的方法そのものが、一種の、より複雑ではあるが併しより
内訌した、現象主義であり反本質主義なのである。
人倫とか人間とか存在とかいう言....
「辞典」より 著者:戸坂潤
下に高度に発達した諸ブルジョア国に於ける独占・金融・大産業・資本主義の行き詰りと
内訌と腐敗との必然的な一つの著しい所産であって、無産者大衆の社会主義的組織が鞏固....
「決戦川中島 上杉謙信の巻」より 著者:坂口安吾
彼こそは当代の悪党である。胸中一片の信義もない。術策をもって業となし、他国に
内訌を謀り自家の勢力伸長のみを念としている。 昨年今川義元が織田信長に討たれて....
「南国太平記」より 著者:直木三十五
して
(調所は、可哀そうに――)
と、軽く胸をしめつけられた。
(当家は代々、
内訌《ないこう》によって、いい家来を失うが、いつまで、この風が止まぬのか)
と....
「幕末維新懐古談」より 著者:高村光雲
いても起ってもいられない位……僂麻質斯とか、神経痛とかいうのでもなく何んでも啖が
内訌してかく全身が痛むのであるとかで、強いて名を附ければ啖陰性という余り多くない....
「小坂部姫」より 著者:岡本綺堂
る者がなくなるかも知れない。塩冶とても恐らく黙ってはいまい。それから惹いてどんな
内訌が起こらないとも限らない。世捨てびとの兼好法師と、世の人の上に立つ高師直とは....
「奥州における御館藤原氏」より 著者:喜田貞吉
以上のものとなったのであったに相違ない。 されば義家が陸奥守に任ぜられて、その
内訌に干渉し、ついにいわゆる後三年の役を生ずるに至ったのは、これまた実際やむを得....
「チベット旅行記」より 著者:河口慧海
こまでも防がなくちゃならん。もしも我が政府部内の者が互いに反目して争って居るこの
内訌を外国人が知ったならばじきに攻めて来るかも知れない。だからこういう事の知れな....