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冷泉為
「冷泉為〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
冷泉為の前後の文節・文章を表示しています。該当する8件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
ちねえ。いや、まだ怪しからねえのは、そいつが京都の公家の娘だと云っているそうだ。
冷泉為清卿の息女で、左衛門局だとか名乗って、白の小袖に緋の袴をはいて、下げ髪にむ....
「東山時代における一縉紳の生活」より 著者:原勝郎
物の到来したことがある。今川の賓客として駿河におもむいた者には、三条実望のほかに
冷泉為和等もあり、これも実隆と親しい。されば今川家と実隆とは、その音信に必ずしも....
「山越しの阿弥陀像の画因」より 著者:折口信夫
のことだった。大倉粂馬さんという人の書かれたもので、大倉集古館におさまって居る、
冷泉為恭筆の阿弥陀|来迎図についての、思い出し咄だった。不思議と思えば不思議、何....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
第四には、第九節の定家論の所で註の中に紹介した定家歌集を訂正する。定家の後裔|
冷泉為臣伯爵自ら編纂した『藤原定家全歌集』が、定家七百年|遠忌の記念として出版さ....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
日を待つお気持ちもわかる」 二日の昼。 彼は一ト綴の和歌の草稿をふところに、
冷泉為定の四条の住居を訪ねていた。為定は後に“新千載和歌集”を撰した当代著名な歌....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
に水入らずな世帯をもち、覚一は以前の琵琶の師の許へ。また尼は、姉の清子が師事した
冷泉為定の許へ通って、和歌の道にいそしんだり、ここ幾年は、思わず過ごしていたのだ....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
もあったのである。 一ノ皇子、中務ノ宮|尊良は、みかどがまだ皇太子時代の寵姫、
冷泉為子のお腹であるが、そのおん母為子は、後醍醐の即位も見ずに亡くなっている。―....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
ぐ、 「明石の、何処へ」 尼へことばを向けかえた。 「明石の浦に、和歌のお師、
冷泉為定さまの古いお家がありますので」 「はて、為定どのは、とうに亡きお方だが」....