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「初代〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

初代の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
。半七老人の劇評を聞こうと思ったからである。そのときの狂言は「天一坊」の通しで、初代左団次の大岡越前守、権十郎の山内伊賀之助、小団次の天一坊という役割であった。....
半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
ったそうで、その縁故で高尾の碁盤と将棋盤を納めたと云うことになっています。高尾は初代といい、二代目といい、確かなことは判りませんが、ともかくも古い物で、わたくし....
半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
汰やみになってしまいましたが、文政八年の夏から秋へかけて再びそれが流行り出して、初代の清元延寿太夫も堀江町の和国橋の際で、駕籠の外から突かれて死にました。富本を....
聖書の読方」より 著者:内村鑑三
野と山と地の洞と穴とに周流いたり」とある(希伯来書十一章三十六―三十八節)、是れ初代の信者の多数の実験せし所であって、キリストを明白に証明して、今日と雖も稍々之....
三狂人」より 著者:大阪圭吉
の患者に必らず一人の看護者を抱えて置くという、これは仲々経費のかかる病院だった。初代目はどうやら無事に過ぎた。が、二代目にはそろそろ経営難がやって来た。そして三....
綺堂むかし語り」より 著者:岡本綺堂
そうして明治三十二年の秋に、明治座で史劇「悪源太」を上場することになった。俳優は初代の左団次一座であった。続いて三十四年の秋に、同じく明治座で「源三位」を書いた....
少年探偵長」より 著者:海野十三
ある。 「はい、ここはヘクザ館の内部でも、一番聖なる場所としてあります。されば、初代院長様の聖骨も、この塔のなかにおさめてあるのでございます。あれ、ごらんなさい....
縷紅新草」より 著者:泉鏡花
る。―― お米の横顔さえ、※たけて、 「柘榴寺、ね、おじさん、あすこの寺内に、初代元祖、友禅の墓がありましょう。一頃は訪う人どころか、苔の下に土も枯れ、水も涸....
備前天一坊」より 著者:江見水蔭
れ多い儀で御座りまする」 「遠慮とあればそのままで好いが、中身は当国|長船の住人初代|長光の作じゃ」 「へえ――」 「これを御所蔵のこの御方は、仮に小笠原の苗字....
双語」より 著者:上村松園
違で、その出来や何かに相当の違いがあるのと、またある一説のように又兵衛もあるいは初代二代とあって、必ずしも同一人ではないという説もあり、絵の調子がひどく違ってい....
小坂部伝説」より 著者:岡本綺堂
るが、これは専門家の渥美さんに訊いた方がいい。現にわたしも渥美さんに教えられて、初代並木五瓶作の「袖簿播州廻」をくりかえして読んだ。角書にも姫館妖怪、古佐壁忠臣....
淡島椿岳」より 著者:内田魯庵
は何度もこの繁昌を繰返し、喜兵衛の商略は見事に当って淡島屋はメキメキ肥り出した。初代の喜兵衛も晩年には度々江戸に上って、淡島屋の帳場に座って天禀の世辞愛嬌を振播....
欧米各国 政教日記」より 著者:井上円了
にして、イタリア貴族の子なり。一八一〇年に生まれ、一八七八年に法位につく。法王の初代|彼得よりこの法王に至るまで、二百六十三代を経るという。すなわち、当代は二百....
明治演劇年表」より 著者:岡本綺堂
六十余日を打ち続け、京浜在留の外国人より、引幕を贈りて総見物あり。 ○五月八日、初代市川女寅死す、二十八歳。容貌技芸共にすぐれ、前途多望と称せられたる女形なり。....
私の履歴書」より 著者:浅沼稲次郎
とめ、水谷長三郎氏が経過報告をやり、党名を「日本社会党」と決め、委員長欠員のまま初代書記長に片山哲氏を選んだ。またこの大会での思い出として残っているのは、党名が....