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「判こ〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

判この前後の文節・文章を表示しています。該当する11件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
夜明け前」より 著者:島崎藤村
らされ、宸襟を安んじ奉り候よう思し召され候。英艦応接の儀は浪華港へ相回し、拒絶談判これあるべく、万一兵端を開き候節は大樹自身出張、万事指揮これあり候わば、皇国の....
科学論」より 著者:戸坂潤
れたカントの批判主義を、そのまま肯定的なものに逆転すればよい、と考えついた。で批判こそは今や哲学の独立な積極的機能とならねばならぬ。――科学は実在を、之に反して....
思想としての文学」より 著者:戸坂潤
会的意義を少し横の方へ持って行って了うことになる。――だが新聞に対するこうした批判こそが、実は本当の意味での匿名批評の問題なのだということが、ここでは大事である....
読書法」より 著者:戸坂潤
学的教養に富んだ徹底した唯物論者であることは、以前から知られている。そして宗教批判こそは氏の得意の壇場なのである。私はこの書物によって唯物論的に甚だしく啓発され....
日本イデオロギー論」より 著者:戸坂潤
て、同情の無い批判は、決して痛い批判ではあり得ない。この意味に於て最も具体的な批判こそ、初めて最も実際的な効果があるわけで、こうして初めて批判されるべきものが、....
月評をして」より 著者:豊島与志雄
がよい。未来に対する信念や力や自省や努力やは、そういう所から生じてくる。峻厳な批判こそ真に人を救うものである。 評家の側より之を観れば、情状酌量の批評を事とす....
文芸委員は何をするか」より 著者:夏目漱石
信の下に、突如として国家を代表する文芸家と化するの結果として、天下をして彼らの批判こそ最終最上の権威あるものとの誤解を抱かしむるのは、その起因する所が文芸その物....
新版 放浪記」より 著者:林芙美子
二カ月は黙って暮らせるのだと思う。大久保の家主は大きい植木屋さん。帳面に受取りの判こを貰って、お茶を一杯よばれて帰る。 新宿の通りはがらんとしている。花屋のウ....
一本の花」より 著者:宮本百合子
で、 「ここにも現に一人いらっしゃるが……」 と、朝子の顔を見て笑った。 「同じ判こをついて廻す帳面でも、中に、例えばまあ、あさ子なんて小さい印があるとちょっと....
女の歴史」より 著者:宮本百合子
事を、深く深く思ったとき、私たちの胸に湧く自分への激励、自分への鞭撻、自分への批判こそ一人一人の女を育て培いながら、女全体の歴史の海岸線を小波が巖《いわお》を砂....
凍雲」より 著者:矢田津世子
だ。店のことから、飲んだくれの父親の世話まで万端ひとりで取りしきっている。隣家の判こ屋の末娘と、どうとやら、この日頃、噂をたてられているようだけれど、これも、噂....