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前引
「前引〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
前引の前後の文節・文章を表示しています。該当する13件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「業平文治漂流奇談」より 著者:三遊亭円朝
、面部へ傷を付けたる廉《かど》を以《もっ》て捨置き難《がた》く手打に致したと、手
前引受けて訴え出《い》で、あなたのお名前はこればかりも出しません、誠に善く殺して....
「三郎爺」より 著者:宮本百合子
あまり彼の骨は硬い。 彼は、おろおろする女房を励まして、荷を纏めるなり、五年以
前引越して来たより、もっと簡単に、出て行ってしまった。 そして、村端れの小さい....
「十二支考」より 著者:南方熊楠
これはカンガルーなどと同じく、袋獣類の物で平猴(コルゴ)と縁がない。 それから
前引の「波の音聞かずがための山籠り苦は色かへて松風の声」てふ歌は、熊野の神さえ海....
「十二支考」より 著者:南方熊楠
朱衣を著《つ》け、冠蓋《かんがい》前後騎従数十人、別に二人の青衣あって節を執って
前引し、呵殿《かでん》して来り、子珍|相《あい》見《まみ》えて一《いつ》に旧時の....
「艸木虫魚」より 著者:薄田泣菫
しかったが、やがてまたのっそりと藻のなかに隠れてしまった。 私はそれを見て、以
前引きつけられた支那画の不思議な魚を思い出した。 私は少年の頃、よく魚釣に出か....
「鳴雪自叙伝」より 著者:内藤鳴雪
話に、この邸は『松前《まさき》引《び》ケ』の邸であろうという事であった。この『松
前引ケ』という事について少しく説明すると、元来この松山城は、もと海岸の松前という....
「武士を夷ということの考」より 著者:喜田貞吉
の状態を説くものにあらずといえども、また倭国と毛人との間に他の夷族あるを言わず。
前引、倭王武の「国書」にも、単に東方毛人国を征することをのみ説いて、他に及ばざる....
「間人考」より 著者:喜田貞吉
中 間人宿禰 神魂命五世孫玉櫛比古命之後也。 と見えている。この最後のものは、
前引の天神本紀に天玉櫛彦命は間人連等の祖とあるのと同じもので、天武天皇十三年に間....
「春雪の出羽路の三日」より 著者:喜田貞吉
に列してあるのは、後にその品の用途を異にしても、なお旧時の称呼を保存したもので、
前引『釈名』や『漢語抄』の解釈は、これを屏障具というよりは、むしろ墻壁具の部に収....
「旃陀羅考」より 著者:喜田貞吉
拡まって、屠者と同等なる社会的地位を占むる一般浮浪者の徒にもそれが及んで行った。
前引「塵袋」にキヨメを穢多というとの事の疑問を提出して、その語原を餌取に求め、当....
「賤民概説」より 著者:喜田貞吉
。 そもそもエタという名称の、最も早く物に見えているのは、自分の見た限りでは、
前引鎌倉時代の「塵袋」である。この書には「穢れ多し」と書いて、「エタ」と読ませて....
「俗法師考」より 著者:喜田貞吉
が、奈良坂非人の記事のある左記『古事類苑』に引く『佐藤氏所蔵文書』というものは、
前引元亨の『東大寺文書』とともに、非人研究上はなはだ有益なる史料であるから、煩を....
「放免考」より 著者:喜田貞吉
囚自身すらも、無事にその刑期を終ったものはもとの公民に立戻るべき筈であった事は、
前引「西宮記」の文の明示するところである。しかしながら事実は必ずしもその理窟通り....