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勧進
「勧進〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
勧進の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「恩讐の彼方に」より 著者:菊池寛
郎の勧説《かんぜい》に、迫害を加うる者さえあった。 市九郎は、十日の間、徒らな
勧進に努めたが、何人《なんびと》もが耳を傾けぬのを知ると、奮然として、独力、この....
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
かると、半七は呼び出しの三太に逢った。 云うまでなく、この当時の大相撲すなわち
勧進相撲は春場所と冬場所の二回で、冬場所は十月の末頃から十一月にかけて晴天十日の....
「クララの出家」より 著者:有島武郎
ランシス――が百姓の服を着て、子供らに狂人と罵られながらも、聖ダミヤノ寺院の再建
勧進にアッシジの街に現われ出した。クララは人知れずこの乞食僧の挙動を注意していた....
「応仁の乱」より 著者:菊池寛
、兵乱を避ける為め改元をした。応仁とは、 「|仁之感響」と云う句から菅原|継長が
勧進せる所である。 而も戦乱は、その年即ち応仁元年正月十八日に始まって居るので....
「歌行灯」より 著者:泉鏡花
こうではないかの。陽気にな、かっと一つ。旅の恥は掻棄てじゃ。主はソレ叱言のような
勧進帳でも遣らっしゃい。 染めようにも髯は無いで、私はこれ、手拭でも畳んで法然....
「神鷺之巻」より 著者:泉鏡花
、因果と業。不具でも、虫でもいい。鳶鴉でも、鮒、鰌でも構わない。その子を連れて、
勧進比丘尼で、諸国を廻って親子の見世ものになったらそれまで、どうなるものか。……....
「春昼後刻」より 著者:泉鏡花
申上げたのが、見苦しかったらそうおっしゃい。このお関所をあやまって通して頂く――
勧進帳でも読みましょうか。それでいけなけりゃ仕方がない。元の巌殿へ引返して、山越....
「瓜の涙」より 著者:泉鏡花
取出して、巨石の床に据えた処は、松並木へ店を開いて、藤娘の絵を売るか、普賢菩薩の
勧進をするような光景であった。 渠は、空に恍惚と瞳を据えた。が、余りに憧るる煩....
「明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
新富座見物 左団次の渥美五郎――劇場の福草履――島原の芝居――劇場外の散歩――「
勧進帳」 市川団十郎 団十郎の部屋――芝居の改良はこれから――芝居の飲食物――外....
「奥州における御館藤原氏」より 著者:喜田貞吉
治平等院を摸したとある。その他、東大寺大仏殿再興の時のごときも、彼は実に第一番に
勧進に応じたものであった。『吾妻鏡』にも、秀衡父の譲りを得て、絶を継ぎ廃を興し、....
「サンカ者名義考」より 著者:喜田貞吉
りではポンとかポンスケ・ポンツクなど云っているそうである。かの四国・九州あたりで
勧進・禅門西国など呼ばれる仲間にも、この徒がけだし少くないらしい。その現に竹細工....
「明治演劇年表」より 著者:岡本綺堂
三月、河原崎権十郎、養父のあとを襲いで七代目河原崎権之助と改め、市村座において「
勧進帳」の弁慶を勤む。 ○八月、市村座において「桃山譚」を初演。権之助の地震加藤....
「「特殊部落研究号」発行の辞」より 著者:喜田貞吉
特殊民に関する報告。 二、各地の特殊部落の現状に関する報告。 三、山窩・箕直し・
勧進等と称せらるる浮浪民に関する報告。 四、その他一般特殊民に関する感想並びに解....
「賤民概説」より 著者:喜田貞吉
あった。 その以外にも、彼らは種々の特権をもっておった。そこに市が立つ、或いは
勧進興行があるなどの場合には、彼らは秩序維持の任に当る。したがって市の店主からは....
「俗法師考」より 著者:喜田貞吉
で描きあらわされておったり、今においてなお地方によってはこれらの仲間を禅門だの、
勧進(
勧進聖の義)だの、西国(西国巡礼の義)だの、遍路(四国遍路の義)だのといっ....