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勿来
「勿来〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
勿来の前後の文節・文章を表示しています。該当する13件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「花吹雪」より 著者:太宰治
一 花吹雪という言葉と同時に、思い出すのは
勿来の関である。花吹雪を浴びて駒を進める八幡太郎義家の姿は、日本武士道の象徴かも....
「みみずのたはこと」より 著者:徳冨健次郎
はくは君が為に君の花園に舞はん。
旅の日記から
熊の足跡
勿来
連日の風雨でとまった東北線が開通したと聞いて、明治四十三年九月七日の朝....
「怪塔王」より 著者:海野十三
浦と北浦との中間をぬけ、水戸の東にあたる大洗海岸をつきぬけて、さらに日立鉱山から
勿来関の方へつらなっていた。 「ふうむ、北の方角だな。ついでにどの地点かわかると....
「空襲下の日本」より 著者:海野十三
囲し、海上にも五十キロ乃至七十キロも伸びているのだ。もっと明白にいうと、北の方は
勿来関、西へ動いて東京から真北の那須、群馬県へ入って四万温泉のあるところ、それか....
「ああ玉杯に花うけて」より 著者:佐藤紅緑
見る、一抹のかすみの中にあるいは懸崖千仭の上にあるいは緑圃黄隴のほとりにあるいは
勿来の関にあるいは吉野の旧跡に、古来幾億万人、春の桜の花を愛でて大自然の摂理に感....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
の景色といっても大抵きまったようなものでござるが、大洗、助川、平潟《ひらかた》、
勿来《なこそ》などは相当聞えたものでござんしょう」
「ははあ、
勿来の関……なんと....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
船というものは全く別の世界になり得る! 十二 田山白雲が
勿来《なこそ》の関《せき》に着いたのは、黄昏時《たそがれどき》でありました。 ....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
とすれば、この間を隔たる幾日かの前後に、田山白雲を※徊《ていかい》顧望せしめた、
勿来《なこそ》、平潟《ひらかた》のあたりの雲煙が見えなければならないはずだが、 ....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
手紙を書いた田山白雲は、その翌日、更に北へ向っての旅に出で立ちました。 僅かに
勿来《なこそ》の関で、遠くも来つるものかなと、感傷を逞《たくま》しうした白雲が、....
「八幡太郎」より 著者:楠山正雄
なりました。ちょうど春のことで、奥州を出て海伝いに常陸の国へ入ろうとして、国境の
勿来の関にかかりますと、みごとな山桜がいっぱい咲いて、風も吹かないのにはらはらと....
「丹下左膳」より 著者:林不忘
…磯前《いそざき》神社あり。
つぎに阿漕《あこぎ》、松川磯の小木津。
関本。
勿来《なこそ》。小名浜。江名。草野。四ツ倉。竜田。夜の森。浪江。
このへんより....
「生前身後の事」より 著者:中里介山
公表せず書き下しのまままとめて出版したのである、それから第九冊「畜生谷の巻」と「
勿来《なこそ》の巻」とは国民新聞に連載したのをまた改めて一冊とし、第十冊「弁信の....
「子をつれて」より 著者:葛西善蔵
茂ったそこの磯近くの巌に、白い波の砕けている風景の絵葉書が来たのだ。それには、「
勿来関に近いこゝらはもう秋だ」というようなことが書いてあった。それがこの三年以来....