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包摂
「包摂〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
包摂の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「「いき」の構造」より 著者:九鬼周造
なお一層広いものである。すなわち「いき」をも「上品」をも均《ひと》しく要素として
包摂《ほうせつ》し、「野暮《やぼ》」「下品」などに対して、趣味の「繊巧」または「....
「語られざる哲学」より 著者:三木清
の意志は最後には文化生活への意志にまで転生しなければならぬ。自然を駆逐しもしくは
包摂して自己の領域を次第に拡げてゆく文化の歴史は、つまりは文化の絶対の支配への到....
「思想と風俗」より 著者:戸坂潤
大学の独立自治と中世のカトリック教権との矛盾を蔵しながら、依然として中世的秩序に
包摂されざるを得なかった処の、大学の状態を示すものに他ならなかった。 教権から....
「愛と認識との出発」より 著者:倉田百三
い。すなわち知識がいまだ外的であって、十分に自己のものとならず、自己の本性の中に
包摂せられざる間は行為の自然の発露を妨げるけれども、その知識が完全に内的に自己の....
「科学論」より 著者:戸坂潤
にはこの資本主義的生産機構か、それでなければ、之に対立する社会主義的生産機構かに
包摂されて初めて、自然科学に対して一定の規定機能を振うのであった。従って生産力の....
「日本イデオロギー論」より 著者:戸坂潤
基礎構造や上部構造などの区別を予め払拭した一様に扁平な諸事象として、一つの概念に
包摂され投げ込まれることになるが、その時「人間」という概念が最高の類概念となるの....
「現代哲学講話」より 著者:戸坂潤
によって反転されるのである。――哲学としての哲学は、イデオロギーとしての哲学を、
包摂することも出来なければ無に帰せしめることも出来ない。之に反して、吾々のイデオ....
「現代唯物論講話」より 著者:戸坂潤
とであり、そうして、主観のこうした主動的な活動は実はやがてその実践的な活動の内に
包摂されるべき筈のものだとすれば、この特色は、単に物質――それが物・物の本質・物....
「娯楽論」より 著者:戸坂潤
も決して娯楽でないのではないが、近代的な市民の交通関係に相応する娯楽観念の内に、
包摂されてしか生き残らぬ娯楽であろう。例えば盆踊りは当局による上からの奨励にも拘....
「万葉秀歌」より 著者:斎藤茂吉
らなくともいい。御製は、調べ高くして潤いがあり、豊かにして弛まざる、万物を同化|
包摂したもう親愛の御心の流露であって、「いねにけらしも」の一句はまさに古今無上の....
「九代目団十郎の首」より 著者:高村光太郎
がむしろ旧幕の延長として意味があり、当代の文化一般を肉体化していたような趣のある
包摂的な団十郎に比べるといささか世代の標式とはなし難い。 私は今、かねての念願....
「ミケランジェロの彫刻写真に題す」より 著者:高村光太郎
れの未現の世界に於いて再び精神の造型化にあらわれようとしている。われわれは一切を
包摂し、融合して、進んで全一のコスモス的美の世界像を創建せねばならぬ。人類の持つ....
「翻訳遅疑の説」より 著者:神西清
に堪《た》えぬこと、及び音律の貧しさ、この二つを挙げてみる。要するに言語としての
包摂力が乏しいということである。もちろん創作家が身辺雑記に沈湎《ちんめん》し、或....
「青春の息の痕」より 著者:倉田百三
ストリッヘ、リイベの必ず一度は衝突するはずに思われます。私の理想はこれをも、再び
包摂して、けっして誤謬として捨て去るつもりではありません。しかし、そこには天より....
「チベット旅行記」より 著者:河口慧海
あるいは人類に無上の教訓を与うる歴史の上において、その幼稚なる工芸中別に一真理を
包摂する点において、地理上の新探検について、動植物の分布について等その見聞せると....