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「十三代〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

十三代の前後の文節・文章を表示しています。該当する13件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
欧米各国 政教日記」より 著者:井上円了
に生まれ、一八七八年に法位につく。法王の初代|彼得よりこの法王に至るまで、二百六十三代を経るという。すなわち、当代は二百六十三代目の法王なり。 法王の下には、....
中国怪奇小説集」より 著者:岡本綺堂
肉を士卒に食わせるような無残な事をなぜなされた。その恨みを報いるために、わたしは十三代もあなたを付け狙っていましたが、何分にもあなたは代々偉い人にばかり生まれ変....
明治演劇年表」より 著者:岡本綺堂
京都花見小路の祇園館に乗込み、大阪の鴈治郎、福助らと合同して開演。 ○二月九日、十三代目長谷川勘兵衛死す。江戸末期より明治時代にわたる劇壇大道具の名人にて、新し....
チベット旅行記」より 著者:河口慧海
の法王というものは、歳二十五まで生きて居られたお方は一人もないのです。今の法王は十三代目でありますが、八代から前十二代までは十八歳で毒のために殺されたとか、二十....
碧蹄館の戦」より 著者:菊池寛
たのである。 於行長敗退之事 日本軍襲撃の報を、朝鮮の政府が明第十三代の皇帝|神宗に逸早くも告げた事は前に述べたが如くである。明では最初この急報....
夜明け前」より 著者:島崎藤村
しかし、岩瀬肥後にとっては、彼が一生のつまずきになるほどの一大珍事が出来した。十三代将軍(徳川|家定)は生来多病で、物言うことも滞りがちなくらいであった。どう....
古事記」より 著者:武田祐吉
。 さて中卷は、神武天皇から應神天皇まで、下卷は仁徳天皇から推古天皇までの計三十三代の天皇の御事蹟である。この二卷は、帝紀の記事を骨子として、これに本辭から來....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
身辺には幾多の臆測が加わりました。誰いうとなく、こんなことを言うものがあります。十三代の将軍|温恭院殿《おんきょういんでん》(家定《いえさだ》)の御台所《みだい....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
汝《なんじ》が先祖を申せとある時、はじめて国許を仔細に探ると、人皇《にんのう》五十三代のみかど、仁明天皇の第二の皇子、深草の天皇の御子、二位の中将と申す人、信濃....
武州喜多院」より 著者:中里介山
とある、この位の槙の大木は関東では珍しいものに属する。 それからまた人皇九十三代後伏見帝正安二年造と称する国宝の梵鐘がある、それからまた本堂の一間に宋版の....
釘抜藤吉捕物覚書」より 著者:林不忘
。 「家蔵取られた仇敵におうみや」の近江屋は、権現様と一緒に近江の国から東下して十三代、亀島町に伝わるれっきとした生薬《きぐすり》の老舗《しにせ》である。高がい....
法窓夜話」より 著者:穂積陳重
してシクジリの森 四五 伊達氏の法典「塵芥集」 「塵芥集」とは奥州の伊達家十三代稙宗が天文五年に制定した法典の名である。稙宗《たねむね》は勇武絶倫の将であ....
随筆 宮本武蔵」より 著者:吉川英治
年に、中国の武士|山内源五兵衛という者が武者修行にあるいていた記載があり、また、十三代将軍|義輝の天文二十二年に、三好|長慶との合戦に際して、諸国から牢人や武者....