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十三里
「十三里〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
十三里の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「半七捕物帳」より 著者:岡本綺堂
からなかなか繁昌の町でした。おなじ武州の内でも江戸からは相当に離れていて、たしか
十三里と覚えていますが、薩摩芋でお馴染があるばかりでなく、江戸との交通は頗る頻繁....
「青蛙堂鬼談」より 著者:岡本綺堂
なんでも今から九十年ほども昔の天保初年のことだと聴いている。 僕の郷里の町から
十三里ほども離れたところに杉堂という村がある。そこから更にまた三里あまり引っ込ん....
「画の悲み」より 著者:国木田独歩
じく相伴うて写生に出掛けていた。 この某町から我村落まで七里、もし車道をゆけば
十三里の大迂廻になるので我々は中学校の寄宿舎から村落に帰る時、決して車に乗らず、....
「旗本退屈男」より 著者:佐々木味津三
帆影も繁き石の巻からそのお城下までへは、陸前浜街道を一本道に原ノ町口へ抜けて丁度
十三里――まさかと思ったのに、およそ退屈男程気まぐれな風来坊も稀でした。身延から....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
ことであっても、そんな騒ぎは今にやむだろうぐらいに二人とも考えていた。江戸から八
十三里の余も隔たった木曾の山の中に住んで、鎖国以来の長い眠りを眠りつづけて来たも....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
どんな形をとって、どこに飛び出すかもしれなかった。江戸の空は薄暗く、重い空気は八
十三里の余もへだたった馬籠あたりの街道筋にまでおおいかぶさって来た。 諸大名の....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
京から中仙道を通り、木曾路を経て、美濃の中津川まで八十六里余。さらに中津川から二
十三里も奥へはいらなければ、その水無神社に達することができない。旅行はまだまだ不....
「みみずのたはこと」より 著者:徳冨健次郎
て、富士詣、大山詣、江の島鎌倉の見物をして来る者も少くない。大山へは、夜立ちして
十三里|日着きする。五円持て夜徹し歩るき、眠たくなれば堂宮に寝て、唯一人富士に上....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
それがいわゆる甲州街道で、一方に新宿の追分《おいわけ》を右にとって往《ゆ》くこと
十三里、武州|青梅《おうめ》の宿へ出て、それから山の中を甲斐の石和《いさわ》へ出....
「八ヶ嶽の魔神」より 著者:国枝史郎
ようとした。 参覲交替で駿河守は江戸へ行かなければならなかった。 甲州街道五
十三里を、大名行列いとも美々しく、江戸を指して発足したのは五月中旬のことであった....
「薄紅梅」より 著者:泉鏡花
く。仄に聞くにつけても、それらの面々の面目に係ると悪い。むかし、八里半、僭称して
十三里、一名、書生の羊羹、ともいった、ポテト……どうも脇息向の饌でない。 つい....
「鳴雪自叙伝」より 著者:内藤鳴雪
枚方に昼餉をしたため、それから伏見へ着き、なおその足で京都まで行った。この里程は
十三里もあるのだから、同行中の年少者たる野口は時々歩き悩んで、路傍の草の上へ倒れ....
「近藤勇と科学」より 著者:直木三十五
昨夜、下諏訪《しもすわ》へ入りました」 「下諏訪?――甲府まで幾里あるかな」 「
十三里です」 「ここから、甲府までも、そんなものか?」 「ここからは十七里です」....
「南国太平記」より 著者:直木三十五
に脇差を、片手を地に、支えながら、起き上って、足を投げ出した。
(ここは、京だ。
十三里西へ行くと、母も、妹もいる。逢いたいが――)
涙も出ないし、悲しくもなか....
「西航日録」より 著者:井上円了
り。晩来風浪少しく起こり、船体ために微動せるも、かえって催眠の媒介となり、遠灘七
十三里は一夢のうちに過ぎ去り、暁窓近く紀南の諸山に接見す。午後、神戸入津。哲学館....