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午后
「午后〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
午后の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「銀河鉄道の夜」より 著者:宮沢賢治
一、
午后《ごご》の授業 「ではみなさんは、そういうふうに川だと云《い》われたり、乳の....
「死の快走船」より 著者:大阪圭吉
恰度私の聞きましたのは、なんでも主人が、こう卓を叩いて、うわずった声で、『明日の
午后だ、明日の
午后までだ』と、それから低い声で、怯えるように、『きっとここまでや....
「紫紺染について」より 著者:宮沢賢治
《しこんぞめけんきゅうかい》の人達《ひとたち》と相談《そうだん》して、九月六日の
午后《ごご》六時から、内丸西洋軒《うちまるせいようけん》で山男の招待会《しょうた....
「風野又三郎」より 著者:宮沢賢治
日もよく晴れて谷川の波はちらちらひかりました。 一郎と五年生の耕一とは、丁度|
午后《ごご》二時に授業がすみましたので、いつものように教室の掃除《そうじ》をして....
「茨海小学校」より 著者:宮沢賢治
もなり、又《また》面白《おもしろ》かったのです。私のみたのは今も云いました通り、
午后《ごご》の授業です。一時から二時までの間の第五時間目です。なかなか狐の小学生....
「フランドン農学校の豚」より 著者:宮沢賢治
る》へ指をあて、しばらくじっと考えて、それからぼんやり返事した。 「さあ、昨日の
午后《ごご》に校長が、おいでになっただけでした。それだけだったと思います。」 ....
「呉秀三先生」より 著者:斎藤茂吉
書いてあるようになって、その廿三日のくだりに、 九月廿三日。晴。寒暖計八十二度(
午后三時) 未明ニ家人ヲ起シテ便通アリ。朝。ヌク飯三ワン。佃煮。ナラ漬。胡桃飴煮....
「理想の女」より 著者:豊島与志雄
った。然し、家の閾を跨ぐと、私の心はまた陰鬱になるのであった。 或る日――その
午后に私はまた秀子と喧嘩をした。初めは何でもないことだったが、いつもとはだいぶ調....
「或る農学生の日誌」より 著者:宮沢賢治
をして放課《ほうか》になった。教科書がまだ来ないので明日もやっぱり実習だという。
午后《ごご》はみんなでテニスコートを直《なお》したりした。 四月二日 水曜日 ....
「楢ノ木大学士の野宿」より 著者:宮沢賢治
うことも起ったのだ。 三晩というもの起ったのだ。 野宿第一夜 四月二十日の
午后《ごご》四時|頃《ころ》、 例の楢《なら》ノ木大学士が 「ふん、この川筋があ....
「飢餓地帯を歩く」より 著者:下村千秋
ると、案内の青年の後についてこの附近の最凶作地の浦野館村へ向って歩き出した。まだ
午后二時頃であったが、空一面に墨色の雲が蔽いひろがって、夕暮のように暗い。しかも....
「耕耘部の時計」より 著者:宮沢賢治
思議《ふしぎ》そうに、 「今度《こんど》は合っているな。」とつぶやきました。 三
午后零時《ごごれいじ》五十分 午《ひる》の食事《しょくじ》が済《す》んでから、....
「イギリス海岸」より 著者:宮沢賢治
中耕《ちゅうこう》 第五、六組 養蚕《ようさん》実習 第二組 (
午后《ごご》イギリス海岸《かいがん》に於《おい》て第《だい》三|紀《き》偶蹄類《....
「大利根の大物釣」より 著者:石井研堂
ば、大|生担、餌入れ岡持など提げ、日暮里停車場より出て立つ。時は、八月の二十八日
午后二時という、炎暑真中の時刻なりし。 前回の出遊には、天気思わしからず、餌は....