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味う
「味う〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
味うの前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「或日の大石内蔵助」より 著者:芥川竜之介
た。彼は、事業を完成した満足を味ったばかりでなく、道徳を体現した満足をも、同時に
味う事が出来たのである。しかも、その満足は、復讐の目的から考えても、手段から考え....
「沼地」より 著者:芥川竜之介
こちょう》を加えたのであろうか。――私はこの画の前に立って、それから受ける感じを
味うと共に、こう云う疑問もまた挟《さしはさ》まずにはいられなかったのである。
....
「路上」より 著者:芥川竜之介
以上に出る事が出来なかった。だから彼はその限りで、広い世間から切り離された孤独を
味うべく余儀なくされた。彼が大井と交際していながら、しかも猶《なお》俊助ズィ・エ....
「星座」より 著者:有島武郎
ぶつかろうとした。大きな数がみごとに割り切れた時のような、あのすがすがしい気持を
味うまでは、渡瀬の胸のこだわりはどうしても晴れようとはしなかった。彼は鞭《むちう....
「活動写真」より 著者:淡島寒月
かフローレンだとかローマとかを背景にするから、クラシカルなものには適当で、古代を
味うには頗る興味があるが、新らしい即ち現代を舞台とする筋のものでは、やはり米国製....
「亡び行く江戸趣味」より 著者:淡島寒月
うとする人の多くは、芝居や吉原に打興じようとする者、向島へ渡るものは枯草の情趣を
味うとか、草木を愛して見ようとか、遠乗りに行楽しようとか、いずれもただ物見遊山す....
「我が宗教観」より 著者:淡島寒月
ラモン教も、ジャイナ教もいずれも面白いと思います。私のは宗教を信ずるのでなくって
味うのです。ラマヤナという宗教書の中に、ハンマンという猿の神様があって、尻尾へ火....
「初めて見たる小樽」より 著者:石川啄木
福して、秋風とともに焼跡を見捨てた。 札幌に入って、予は初めて真の北海道趣味を
味うことができた。日本一の大原野の一角、木立の中の家|疎《まばら》に、幅広き街路....
「歌行灯」より 著者:泉鏡花
な、焼蛤は、今も町はずれの葦簀張なんぞでいたします。やっぱり松毬で焼きませぬと美
味うござりませんで、当家では蒸したのを差上げます、味淋入れて味美う蒸します。」 ....
「草迷宮」より 著者:泉鏡花
生剤として、その水にしたたらして置くが習じゃ。」 四十二 「少年は
味うて、天与の霊泉と舌鼓を打っておる。 我ら、いまし少年の魂に命じて、すなわち....
「茶の湯の手帳」より 著者:伊藤左千夫
指すものであろう、真に憐むべし、彼等は趣味的形式品格的形式を具備しながら其娯楽を
味うの資格がないのである、されば今彼等を救済せようとならば、趣味の光明と修養の価....
「二葉亭余談」より 著者:内田魯庵
想い出されて何ともいえぬ懐かしい心持になる。私はこれを日本国民が二千年来この生を
味うて得た所のものが間接の思想の形式に由らず直ちに人の肉声に乗って無形のままで人....
「三人の双生児」より 著者:海野十三
かり興を醒ましてしまった。キヨを外に出してしまえば、どんなに落着いて妾の楽しみを
味うことが出来るだろうと予期していたのが、すっかり駄目になった。「キヨが居ては、....
「省線電車の射撃手」より 著者:海野十三
な官能的色彩に富んだ衣裳や、その下にムックリ盛りあがった肢態などは、日常|吾人の
味うべき最も至廉にして合理的なる若返り法である」と。そして、成程戸浪三四郎の向い....
「麻雀殺人事件」より 著者:海野十三
永らくひっかかっていた某大事件を片付けてしまったその肩の軽さと、久しぶりの非番を
味う喜びとで、子供のように、はしゃいでいた。三年こっち病みつきの麻雀を、今夜は思....