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唐朝
「唐朝〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
唐朝の前後の文節・文章を表示しています。該当する12件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「俊寛」より 著者:芥川竜之介
の我国ぶりも、時と場合では当てにならぬ。たとえば当世の上臈《じょうろう》の顔は、
唐朝《とうちょう》の御仏《みほとけ》に活写《いきうつ》しじゃ。これは都人《みやこ....
「最終戦争論」より 著者:石原莞爾
に考えれば、東洋でも同じことであります。お隣りの支那では漢民族の最も盛んであった
唐朝の中頃から、国民皆兵の制度が乱れて傭兵に堕落する。その時から漢民族の国家生活....
「茶の本」より 著者:岡倉覚三
ことを示している。 茶をその粗野な状態から脱して理想の域に達せしめるには、実に
唐朝の時代精神を要した。八世紀の中葉に出た陸羽(三)をもって茶道の鼻祖とする。か....
「ドグラ・マグラ」より 著者:夢野久作
うに暮していた訳だね。ところがその中に、だんだんと落ち付いて来ると、時|恰かも大
唐朝没落の前奏曲時代で、兇徴、妖※、頻々として起り、天下大乱の兆が到る処に横溢し....
「旅愁」より 著者:横光利一
「これは何んと日本語で読みますか。」
と訊ねた。それは李の書いたものと見え、
唐朝人、雀、と作者の最後の名が分らぬらしい風で、画家の好きそうな美しい詩が書きつ....
「十二支考」より 著者:南方熊楠
されたれば、恐らくは金鶏の作り物にやあるべき」とありて、封演の『聞見記』を引き、
唐朝大赦ある時、闕下《けっか》に黄金の首ある鶏を高橦《こうとう》の下に立て、宮城....
「旧聞日本橋」より 著者:長谷川時雨
朝散《ちょうさん》太夫《だいぶ》とは、支那
唐朝の制にて従《じゅ》五|品下《ほんげ》の雅称、我国にて従五位下の唐名《とうめい....
「岷山の隠士」より 著者:国枝史郎
た。 「では唐音に訳しましょう」 そこで彼は声高く読んだ。 「渤海|奇毒の書、
唐朝官家に達す。爾、高麗を占領せしより、吾国の近辺に迫り、兵|屡吾|界を犯す。お....
「日本上古の硬外交」より 著者:国枝史郎
碩学や高僧等をその博覧強識に由って驚嘆させたのもその例の一つであり、大伴古麿が、
唐朝の宮中席次に於て、西畔の第二位に列せたるを怒り、断乎として抗議し、東畔の第一....
「随筆 新平家」より 著者:吉川英治
。 田島氏、なお、道を送ってくださる。道々も、棚守やしきのこと、多宝塔の建築に
唐朝風のあること。覚えきれないほど、話してくれる。いつまでも忘れないことの一つは....
「正倉院展を観る」より 著者:吉川英治
なるべく目につかない物を拾おう。 ふと見のがしやすいが薬種の部に、※蜜がある。
唐朝輸入品で蜂蜜を固形したものだ、なめてみるわけにはゆかないが、これはきっと甘い....
「戦争史大観」より 著者:石原莞爾
が、第一次欧州大戦に於けるドイツ潰滅の一因と云われねばならない。 支那に於ては
唐朝の全盛時代に於て国民皆兵の制度破れ、爾来武を卑しみ漢民族国家衰微の原因となっ....