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「四方太〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

四方太の前後の文節・文章を表示しています。該当する7件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
写生文」より 著者:夏目漱石
明かに指摘したものは今日に至るまで見当《みあた》らぬようである。虚子《きょし》、四方太《よもた》の諸君は折々この点に向って肯綮《こうけい》にあたる議論をされるよ....
俳諧瑣談」より 著者:寺田寅彦
下さないほうが安全であろう。 (昭和八年十一月、渋柿) 三 故坂本|四方太氏とは夏目先生の千駄木町の家で時々同席したことがあり、また当時の「文章会」....
鳴雪自叙伝」より 著者:内藤鳴雪
歌仲間へも這入った。また子規氏は写生文と言うものをも始めたが、この方面では坂本|四方太《しほうだ》氏、寒川鼠骨《さむかわそこつ》氏などが最も子規氏に見出されてい....
高浜さんと私」より 著者:寺田寅彦
いたのはその頃からの病み付きなのである。 夏目先生、虚子、鼠骨、それから多分|四方太も一処で神田|連雀町の鶏肉屋でめしを食ったことがあった。どうした機会であっ....
子規居士と余」より 著者:高浜虚子
語もよく休んだ。 その頃同級生であって記憶に残っているものは久保|天随、坂本|四方太、大谷|繞石、中久喜信周諸君位のものである。久保君は向うから突然余に口を利....
漱石氏と私」より 著者:高浜虚子
間もなくそれを猿楽町に転じた。この猿楽町には子規居士も来るし飄亭、碧梧桐、露月、四方太などの諸君も熾んに出入するし、その『ホトトギス』が漸く俳句界の一勢力になっ....
病牀苦語」より 著者:正岡子規
一本筋であるだけにいくらか変化に乏しい処がある。 このほか鳴雪《めいせつ》、四方太《しほうだ》、紅緑《こうろく》、等諸氏の句については近来見る処が少ないので....