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四条通り
「四条通り〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
四条通りの前後の文節・文章を表示しています。該当する14件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「土曜夫人」より 著者:織田作之助
倒れたその姿に投げたのは、ホールへの諷刺だ。歪んだ昂奮に青ざめて、やがて木崎は
四条通りを円山公園の方へ、歩いて行った。 そして、祇園の石段を登って行くと、暗....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
い、真剣の創《きず》であろう!」 「なに! 真剣の創?」 「そうだ、井村、貴様は
四条通りの菱屋《ひしや》という商人を知っているはずじゃ」 「菱屋? それがどうし....
「世界の一環としての日本」より 著者:戸坂潤
でさえあった。尤も決して律気な又は細心な勉強家ではなかった。彼は一党を引き具して
四条通りを遊弋し、深更下宿に帰ることを習慣とした。一党の方はそのまま寝て了うのだ....
「南蛮秘話森右近丸」より 著者:国枝史郎
を大跨に歩き、往来の方へ出て行ったが、ちょうどこの頃森右近丸は、南蛮寺を出外れた
四条通りを、考えに耽りながら歩いていた。 14
四条通りは寂しかった。人の往来....
「好きな髷のことなど」より 著者:上村松園
んなど、皆そうした風をしていられたものです。 はわせと桃割 私の家は
四条通りの今の万養軒のあるところで葉茶屋をしていましたが、私の十九の時火事で焼け....
「画筆に生きる五十年」より 著者:上村松園
した。母が買ってくれた江戸絵の美しい木版画を丹念に写したりしたものです。賑やかな
四条通りの店ですから、お茶を買いに来るお客さんは引きも切りません。 「あすこの娘....
「京のその頃」より 著者:上村松園
私は京の
四条通りの、今、万養軒という洋食屋になってるところにあった家で生まれた。今でこそ....
「屏風祭」より 著者:上村松園
私にとって、この屏風祭は他のどの祭よりも愉しかったものである。 祇園祭になると
四条通りの祇園界隈では、その家の秘蔵の屏風を表玄関の間に飾って道ゆくひとに観せる....
「棲霞軒雑記」より 著者:上村松園
も、よいお茶を飲むことが京都の人たちのたしなみになっていた時代であった。 店は
四条通りの賑やかなところにあったから、たえず店の前を人が歩いていた。知り合いの人....
「わが母を語る」より 著者:上村松園
茶をもってくるようになりました。母は茶を飲み分ける鋭敏な感覚をもっておりました。
四条通りは人通りも多く、追々お得意もふえお店は繁昌しました。ところが、私が十九歳....
「昔尊く」より 著者:上村松園
ら火が出まして、私どもの家もおかげで半焼のうき目にあったのでした。その頃私たちは
四条通りの非常に賑やかな通りにいまして、お茶々の商売を致してましたのです。 何....
「今日になるまで」より 著者:上村松園
私は明治八年四月二十三日
四条通り御幸町西へ行った所に生まれました。父はこの年の二月既に歿して、私は二十六....
「澪標」より 著者:外村繁
いる、とでも言えるか。 この奇妙な感情は、京極を歩いていても、既に灯火の入った
四条通りを歩いていても、少しも変ることはなかった。しかしいずれもつい先日まで歩い....
「六日月」より 著者:岩本素白
を歩く。 秋も漸く深い夜を、東山の影は黒々と眠って居たが、恵比須講の灯に明るい
四条通り、殊に新京極の細い小路にはいる辺りは、通り切れぬほどの人出であった。四条....