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国広
「国広〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
国広の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「右門捕物帖」より 著者:佐々木味津三
品はお腰の物でございましょうか。お刀ならばあいにくと新刀ばかりで、こちらは堀川の
国広、まず新刀中第一の名品でござります。それから、この少し短いほうは肥前の忠吉《....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
時を語り顔に彼の目に映った。この彼が落ち着く先は例の両国の十一屋でもなかった。両
国広小路は変わらずにあっても、十一屋はなかった。そこでは彼の懇意にした隠居も亡く....
「八ヶ嶽の魔神」より 著者:国枝史郎
った。「お前が一番適当なのだ。拒むことはならぬ、是非参るよう……新刀なれども堀川
国広、これをそちに貸し与える。退治致した暁にはそちの差料として遣わそう」 「そう....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
るとの話、その銘は何という名か覚えていますか」 「小さい時から聞いておりました、
国広《くにひろ》の刀だそうでございます」 「
国広……」 「はい」 「ただ、
国広と....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
今ノソノソとあの小屋の附近へ近寄ろうものなら、どんな目に遭《あ》うか知れない。両
国広小路は米友にとって鬼門《きもん》であるけれど、今はその危険を冒しても米友はそ....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
にとって大切なかたみなんですからね、姉さんの心づくしでいただいた新刀第一、堀河の
国広なんですから、これは惜しいでしょうよ」 と言うお雪ちゃんの言葉は、今晩に限っ....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
一個の人影があります。 それは船大工の寅吉ではありません。寅吉とは全く違った両
国広小路方面から歩いて来たものです。それも駒井のここにいることを認めて、なるべく....
「旧聞日本橋」より 著者:長谷川時雨
君がいった。 小蒔屋――柳橋《やなぎばし》の芸妓屋の名だった。家へも来るが、両
国広小路――電車道路となったが――の、両国橋にむかって右側に、「芭蕉《ばしょう》....
「丹下左膳」より 著者:林不忘
豆太郎、チョコチョコ走りに追いつきながら、こう声を忍ばせた。
人通りのない、両
国広小路である。
月のみ白く、町は紺いろに眠っていた。
その、小石さえ数えら....
「銅銭会事変」より 著者:国枝史郎
かった。武士も町人も奢侈に耽った。初鰹一尾に一両を投じた。上野山下、浅草境内、両
国広小路、芝の久保町、こういう盛り場が繁昌した。吉原、品川、千住、新宿、こういう....
「前記天満焼」より 著者:国枝史郎
打ち勝って行く――と云ったような女である。 小屋掛けではあるが大変な人気の、両
国広小路にこの頃出来た、吉沢一座の女歌舞伎、その座頭の扇女なのであった。年は二十....
「仇討姉妹笠」より 著者:国枝史郎
が消え、やがて延びて動かなくなった。 この日の宵のことであった。山岸|主税は両
国広小路の、例の曲独楽の定席小屋の、裏木戸口に佇んで、太夫元の勘兵衛という四十五....
「顎十郎捕物帳」より 著者:久生十蘭
が面白くなってきたようだ。……まあ、軍鶏でも突つきながら話すことにしよう」 両
国広小路の『坊主軍鶏』。ほどのいい小座敷をたのんで軍鶏をあつらえる。 顎十郎は....
「歌麿懺悔」より 著者:邦枝完二
れなかった。 四 それは正に、夢想もしない罪科であった。 両
国広小路の地本問屋加賀屋吉右衛門から頼まれて大阪の絵師石田玉山が筆に成る(絵本太....
「江戸芸術論」より 著者:永井荷風
さかり》となれり。中巻第一図と第二図とは本所御船蔵《ほんじょおふなぐら》を望む両
国広小路《りょうごくひろこうじ》の雑沓《ざっとう》なり。日傘|菅笠《すげがさ》相....