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「国東〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

国東の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
大菩薩峠」より 著者:中里介山
やはり諸君の三十五方里の中から涌《わ》いて出でたことであります。 「日蓮は日本国東夷東条、安房の国海辺の旃陀羅《せんだら》が子なり。いたづらに朽《く》ちん身を....
錦染滝白糸」より 著者:泉鏡花
かい。 七左 (呵々と笑う)はッはッはッ。慌てまい。うろたえまい。騒ぐまい。信濃国東筑摩郡松本中が粗相をしても、腹を立てる私ではない。証拠を見せよう。それこれじ....
空襲警報」より 著者:海野十三
りゃしないよ。S国の極東軍と来たら数年前の調べによっても、たいへんな数で、わが中国東北部|駐屯軍の六倍の兵力を国境に集め、飛行機も一千台、ことに五トンという沢山....
万葉秀歌」より 著者:斎藤茂吉
二六五〕 長奥麻呂 長忌寸奥麻呂(意吉麻呂)の歌である。神が埼(三輪崎)は紀伊国東|牟婁郡の海岸にあり、狭野(佐野)はその近く西南方で、今はともに新宮市に編入....
サレーダイン公爵の罪業」より 著者:チェスタートンギルバート・キース
軽い荷物を積載して彼はノーフォーク州の小川から小川へと、最後には『広沢』地方(英国東部にて河水が湖のようにひろがりたる所)へ達するようにゆるゆると廻って行った、....
学生と先哲」より 著者:倉田百三
の問いと危機 日蓮は太平洋の波洗う外房州の荒れたる漁村に生まれた。「日蓮は日本国東夷東条安房国海辺|旃陀羅が子也」と彼は書いている。今より七百十五年前、後堀川....
塩原多助一代記」より 著者:三遊亭円朝
とする。下では百姓が人殺し/\と云って居りますが、往来は稀な山村で、名におう上野国東口の追貝村、頃は寛延元年八月の二日、山曇りと云うので、今まで晴天でいたのが暗....
マレー俳優の死」より 著者:岡本綺堂
酋長が回復して、しばらくこの柔仏族によって統治されているうちに、千八百十九年に英国東印度会社から派遣されたトーマス・スタムフォード・ラッフルスがここを将来有望の....
わが童心」より 著者:佐藤垢石
して、からだに温もりを覚えたほどの、想いを催したのである。私は、利根川の西岸上野国東村大字上新田に生まれ育った。よちよち歩く頃から東の田圃へ出れば赤城山、西の田....
すっぽん」より 著者:佐藤垢石
に黄色を呈しているのを絶品としている。これは駅館川ばかりでなく元田肇翁の生まれた国東半島の方にも産するが数はあまり多くない。 北九州から、中国方面に産するすっ....
赤げっと 支那あちこち」より 著者:国枝史郎
り為めに僕は「サンキュー」とお礼を云ったことや、永安|公司というデパートが日本の国東京市に於ける最大のデパート三越ぐらいも大きいであろうということや、租界の政が....
欧米各国 政教日記」より 著者:井上円了
るを知るべし。都府の会堂はみな商店に隣接して立ち、市中に散布して存す。決してわが国東京その他各都府の寺院のごとく、一隅に僻在するにあらず。 一寺住職すなわち牧....
南半球五万哩」より 著者:井上円了
が染めあげるかのようにみえ、青々として広がるのはすべて牧場なのである。) 英国東岸望(英国の東岸にて仏の海を望む) 館対仏南海、望中夕照収、星光波際見、点点....
旃陀羅考」より 著者:喜田貞吉
遜の辞があるとは思われぬ。ことに聖人はその「善無畏三蔵鈔」において、 日蓮は安房国東条片海の石中の賤民が子なり、威徳なく有徳の者にあらず。 と云い、「中興入道消....
戦争史大観」より 著者:石原莞爾
亜問題に関する諸団体は大体活発に活動を見ないのにこの協会だけは急速な進展を見、中国東亜連盟運動発展の一動機となったのである。東亜連盟の内容については日華両国の間....