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「国語学〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

国語学の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
」より 著者:芥川竜之介
すようになっている。 ある夏の午後、お松さんの持ち場の卓子《テエブル》にいた外国語学校の生徒らしいのが、巻煙草《まきたばこ》を一本|啣《くわ》えながら、燐寸《....
後世への最大遺物」より 著者:内村鑑三
陽が十三のときに作った詩でございます。それで自分の生涯を顧みてみますれば、まだ外国語学校に通学しておりまする時分《じぶん》にこの詩を読みまして、私も自《おのず》....
自叙伝」より 著者:大杉栄
て合格にしてくれた人だった。が、僕にはどうしても医者になる気はなかった。その後外国語学校を出た時にも、今の平民病院長の加治ドクトルが、その息子の時雄君の連れとな....
俳諧瑣談」より 著者:寺田寅彦
作があったら、それは単なる偶然に過ぎないであろう。 一流の俳人で同時に一流の外国語学者でない限り、俳句の翻訳には手を下さないほうが安全であろう。 (昭和八年十....
みみずのたはこと」より 著者:徳冨健次郎
依怙情実に愛想をつかし疳癪を起して休職願を出し、北海道から出て来たので、今後は外国語学校にでも入って露語をやろうと云って居た。陸軍を去る為に恩人の不興を買い、恋....
獄中記」より 著者:大杉栄
」 と恐ろしい勢いで怒鳴りつけられた。 「ええ、何でもどうぞ。」 と僕は、外国語学校の一学友の、海軍中将だとかいう親爺の、有名な気短か屋で怒鳴り屋だというの....
続獄中記」より 著者:大杉栄
造り直せる、あるいはまだ碌にはできていなかった、ふやふやの人間だったのだ。 外国語学校へはいった初めの頃には、大将となって何とかすることができなければ、敵国に....
ガリバー旅行記」より 著者:スウィフトジョナサン
でした。教授は、その機械についていろ/\私に説明してくれました。 私はつゞいて国語学校を訪ねました。 こゝでは、三人の教授が国語の改良をいろ/\と熱心に考え....
辞書」より 著者:折口信夫
に述べた。最初を知らねばならぬと思うのは、それは空想であると考えていただきたい。国語学の一つの仕事として、辞書の完成は重大なことだが、そういう意味において、ほん....
傷痕の背景」より 著者:豊島与志雄
で、親しい友人等は眼を見合った。 「天保銭」をねらわず、語学の勉強に力を入れ、外国語学校、大使館附武官、教育総監部、陸軍省……と、そういった方面を重にめぐってき....
カタカナニツイテ」より 著者:伊丹万作
コノヨウナ題目ヲ掲ゲルト国語学者トマチガエラレルオソレガアルカラ一応断ツテオクガ、私ハ映画ノホウノ人間デ....
光は影を」より 著者:岸田国士
行く間柄となつてしまつた。彼は、幹部候補生あがりの軍曹であつたが、収容所では、外国語学校中途退学の語学力がものを言い、通訳という何かにつけて役得の多い地位をひろ....
卵塔場の天女」より 著者:泉鏡花
て大家だった養父も正に同じ事を歎いたそうである。上京の当時、八郎は舞台近所の或外国語学家の玄関に書生をしていた。祖父、伯叔父、一統いずれも故人だが、揃って能楽師....
二葉亭四迷の一生」より 著者:内田魯庵
な幼い希望ではなかった。それ故に軍人志望が空しくなると同時に外交官を志ざして旧外国語学校の露語科に入学した。その頃高谷塾以来の莫逆たる西源四郎も同じ語学校の支那....
フレップ・トリップ」より 著者:北原白秋
と思うね。そこで面白いのは、こういう青年があるんだよ。もと僕の家にいたのだが、外国語学校の英文科を苦学して出ると、語学の先生になったところで莫迦莫迦しい、漢法医....