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園太暦
「園太暦〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
園太暦の前後の文節・文章を表示しています。該当する5件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「東山時代における一縉紳の生活」より 著者:原勝郎
のえいぬ》の年の述作にかかる『和唐詩』四冊、功徳院所蔵の『日本紀』の珍本および『
園太暦』等がある。中にも『
園太暦』のごときは、中院入道内府がかつて百二十三巻十四....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
後醍醐の還幸さえ見られたのだった。 その日は正月の三十日で、尊氏の洛中没落も、
園太暦、元弘日記裏書、建武三年記、どれもみな同日の事としているのをみれば、天皇に....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
「太平記」だけでなく、北畠親房の「神皇正統記」もそういっているし、洞院ノ公賢の「
園太暦」も偽器としているのだから、これを何とも疑いようがない。 だがもし、これ....
「私本太平記」より 著者:吉川英治
寝こんで出仕も欠いた。病名は“蚊触”だとある。蚊触とはつまり発疹のことらしい。「
園太暦」では瘡疾に罹ったのだと書いている。 病後の秋であった。師直は一夕、佐女....
「山の人生」より 著者:柳田国男
うのである。隠し婆は古くは子取尼などともいって、実際京都の町にもあったことが、『
園太暦』の文和二年三月二十六日の条に出ている。取上げ婆の子取りとはちがって、これ....