城址[語句情報] »
城址
「城址〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
城址の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「岩石の間」より 著者:島崎藤村
浅間の麓《ふもと》に添うた傾斜の地勢は、あだかも人工で掘割られたように、小諸
城址《こもろじょうし》の附近で幾つかの深い谷を成している。谷の一つの浅い部分は耕....
「新生」より 著者:島崎藤村
濃《しなの》の山の上に田舎教師《いなかきょうし》をしながら籠《こも》り暮した頃、
城址《しろあと》の方にある学校へ行こうとして浅い谷間《たにあい》を通過ぎたことが....
「厳島合戦」より 著者:菊池寛
の要害|鼻に城を築いた。現在連絡船で厳島へ渡ると、その船着場の後の小高い山がこの
城址である。城は弘治元年六月頃に完成した。 すると元就は家来達に対して、「お前....
「千曲川のスケッチ」より 著者:島崎藤村
は一夏はお父さんを伴って来られ、一夏は君|独りで来られた。この書の中にある小諸|
城址の附近、中棚温泉、浅間一帯の傾斜の地なぞは君の記憶にも親しいものがあろうと思....
「家」より 著者:島崎藤村
いた。山から下りて来たばかりの頃には、お菊はまだ地方に居る積りで、「房ちゃん、御
城址へ花|摘りに行きましょう」などと言って、姉妹で手を引き合いながら、父と一緒に....
「八人みさきの話」より 著者:田中貢太郎
には今でも城の兵糧であった焼米が出るとのことであった。大正九年八月、私はその蓮池
城址に登って、その林の中で紅色をした大きな木の子を見つけて、それを採り、其処から....
「惜別」より 著者:太宰治
、何か深い意味ありげに一礼して、その他、榴ヶ岡、桜ヶ岡、三滝温泉、宮城野原、多賀
城址など、次第に遠方にまで探索の足をのばし、とうとう或る二日つづきの休みを利用し....
「黒百合」より 著者:泉鏡花
ある。雲のごときは前途の山、煙のようなは、市中の最高処にあって、ここにも見らるる
城址の森である。名にし負う神通二百八間の橋を、真中頃から吹断って、隣国の方へ山道....
「首のない騎馬武者」より 著者:田中貢太郎
越前の福井は元|北の庄と云っていたが、越前宰相|結城秀康が封ぜられて福井と改めたもので、其の
城址は市の中央になって、其処には松平侯爵邸、県庁、裁判所、県会議事堂などが建って....
「次郎物語」より 著者:下村湖人
に、そんな気には少しもなれなかった。 稽古を終えて、校門を出ると、すぐ前の昔の
城址に、こんもりともりあがっている樟の青葉がしずかな輝きを彼の眼に送った。彼は、....
「決闘」より 著者:神西清
。」 「ミュリドフの所へ行きましょう。あすこが一番いい。」 「それはどこ?」 「
城址のすぐ傍。」 彼女は往来をずんずん歩いて行き、やがて山手へ向う横町へ折れた....
「明日は天気になれ」より 著者:坂口安吾
台は昔の図面通りに今もその姿を知ることができる。 しかし一番おどろくべきことは
城址で、建物と石垣はないが、形はそっくり往時のままといってよい。 籠城の百姓軍....
「小坂部姫」より 著者:岡本綺堂
かれらの眼に入らなかった。 白旗山はかの姫山と同じく、赤松の一族が楯籠っていた
城址である。将軍義教を弑した赤松満祐はこの城に籠って都の討っ手を引き受けたのであ....
「チベット旅行記」より 著者:河口慧海
ンドとチベットとの境のニャートンという所からほぼ二十マイル程手前の山の上に、その
城址すなわち平地と少しばかりの石垣が残って居るです。ネーチュンなる神下しが城を建....
「春雪の出羽路の三日」より 著者:喜田貞吉
きの道とて郷里の故事を調査せられ、現に秋田県史蹟調査委員となって、最近には「雄勝
城址考」の謄写版刷をも寄せられたほどの熱心なお方だ。雪で踏査が駄目ならば、お目に....