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壬
「壬〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
壬の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「食魔」より 著者:岡本かの子
」 車が迎えに来て、夫妻は暇を告げた。鼈四郎はこれからどちらへと訊くと、夫妻は
壬生寺へお詣りして、
壬生狂言の見物にと答えた。鼈四郎は揶揄して「善男善女の慰安に....
「灯明之巻」より 著者:泉鏡花
うなものを、ちょっと、脇の下へずらして、乳首をかくした膚を、お望みの方は、文政|
壬辰新板、柳亭種彦作、歌川国貞|画――奇妙頂礼地蔵の道行――を、ご一覧になるがい....
「黒百合」より 著者:泉鏡花
白きに愛でて、百合の名の黒きをも、濃い紫と見たまえかし。 明治三十五年寅
壬三月 一 「島野か。」 午少し過ぐる頃、富山県知事なにがしの君....
「水の女」より 著者:折口信夫
導きになることを先に述べると、みぬまなどの郡郷の称号ができている。 数多かった
壬生部の氏々・村々も、だんだん村の旧事を忘れていって、御封という字音に結びついて....
「恒藤恭氏」より 著者:芥川竜之介
の情に堪えざるもの多し。即ち改造社の嘱に応じ、立ちどころにこの文を作る。時に大正
壬戌の年、黄花未だ発せざる重陽なり。....
「鼠」より 著者:岡本綺堂
一 大田蜀山人の「
壬戌紀行」に木曾街道の奈良井の宿のありさまを叙して「奈良井の駅舎を見わたせば梅、....
「魚妖」より 著者:岡本綺堂
雅号は有年といって、文学の素養もふかく、馬琴とも親しく交際していた。 天保三、
壬辰年の十一月十三日の夜である。馬琴は知人の関※南とはよほど親密にしていたものと....
「謡曲と画題」より 著者:上村松園
歌合せの御会へのぞみました。 集まる人々には河内の躬恆、紀の貫之、右衛門の府生
壬生|忠岑、小野小町、大伴黒主はじめこの道にかけては一騎当千の名家ばかり――その....
「白花の朝顔」より 著者:泉鏡花
風が誘ったので、霜が靡いたように見えた、精進腹、清浄なものでしょう。北野のお宮。
壬生の地蔵。尊かったり、寂しかったり。途中は新地の赤い格子、青い暖簾、どこかの盛....
「三枚続」より 著者:泉鏡花
きをすてたまわずこのぬしとある処に、御名を記させたまえとこそ。 明治三十五年
壬寅鏡花 「どうも相済みません、昨日もおいで下さいましたそうで毎度恐入ります。」....
「チベット旅行記」より 著者:河口慧海
ンの守関長がセラの慧海とその僕と二人にカリンポンまで往くことを得るの証明書を与う
壬寅五月八日 書記印)
その容子といったら見るからが嫌な風采で、私が法王の秘....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
秋篠月清集』・俊成の『長秋詠藻』・西行の『山家集』・定家の『拾遺愚草』・家隆の『
壬二集』を六家集といい、江戸時代の刊本もあり、『続国歌大観』『国歌大系』にも入っ....
「古事記」より 著者:太安万侶
樂《さかくら》の歌でございます。 すべてタラシナカツ彦の天皇の御年は五十二歳、
壬戌《みずのえいぬ》の年の六月十一日にお隱れになりました。御陵は河内の惠賀《えが....
「旃陀羅考」より 著者:喜田貞吉
り。…… 「波木井殿御書」には、 日蓮は日本国人王八十五代後堀河院御宇、貞応元年
壬午、安房国長狭郡東条郷の生なり。 などあるものは、家柄についてあまり参考にもな....
「賤民概説」より 著者:喜田貞吉
いる六斎念仏の如きは、名は念仏と云っても、その実全く一種の遊芸になっている。また
壬生の大念仏と称する無言狂言が、今以て念仏狂言と云っているところに、これもその起....