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外山
「外山〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
外山の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「思い出の記」より 著者:小泉節子
ったのですからフロックコートを一着持って居らねばなりません』と申しますと『ノウ、
外山さんに私申しました。礼服を私大層嫌います。礼服で出るようなところへ私出ません....
「ネオン横丁殺人事件」より 著者:海野十三
、刑事部首脳が駆けつけてくるまでの帆村荘六は、滑稽な惨めさに封鎖されていた。 「
外山君」と大江山課長は、その警官の名を呼んだ。 「帆村探偵の素状を一応調査してお....
「夜明け前」より 著者:島崎藤村
を恐れた。 独居のねぶり覚ますと松が枝にあまりて落つる雪の音かな さよしぐれ今は
外山やこえつらむ軒端に残る音もまばらに 山里は日にけに雪のつもるかな踏みわけて訪....
「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」より 著者:内田魯庵
所謂新文芸として当時の最もハイカラなる読者に款待やされていた。 二十五年前には
外山博士が大批評家であって、博士の漢字破りの大演説が樗牛のニーチェ論よりは全国に....
「唄立山心中一曲」より 著者:泉鏡花
るに、大なる巌にかたかけて、肘折れ造りたる堂あり。観音を据え奉れり。鏡台とか云う
外山に向いて、)……と云うんですから、今の月見堂の事でしょう。……きっとこの崖の....
「くろん坊」より 著者:岡本綺堂
てた。その途中の嶮しいのはもちろん覚悟の上である。およそ十里ほども北へたどると、
外山村に着く。そこまでは牛馬も通うのであるが、それからは山路がいよいよ嶮しくなっ....
「回想録」より 著者:高村光太郎
を頼まれるというようなことは殆となかった。その当時、父のところには、若井兼三郎、
外山長蔵、金田兼次郎、三河屋幸三郎などという貿易商が頻々とやって来た。弁慶という....
「詩語としての日本語」より 著者:折口信夫
詩の品格は、そこに現れた。われわれは此品格を藤村にはじめて現れたものと見ている。
外山正一さん以来、誰の詩にもそれを求める事が出来なかった。何よりも、その詩の音調....
「幕末維新懐古談」より 著者:高村光雲
と懇意な間柄である(現時金田氏の二代目は日本橋区|大鋸町に店がある)。今、一人、
外山長蔵という同業の人たちも寄り合い、相談をした席で、金田氏のいうには、「それに....
「宝塚生い立ちの記」より 著者:小林一三
生として、左の十六名の少女達が採用されたのであった。 高峰妙子 雄山艶子
外山咲子 由良道子 八十島楫子 雲井浪子 秋田衣子 関守須磨子....
「増上寺物語」より 著者:佐藤垢石
愛妾桂昌院の腹から生まれた。桂昌院というのは、よほど聡明な女性であったらしい。洛
外山崎村の八百屋の娘であったという。父の八百屋は、妻を失ったために毎日後方の籠に....
「赤坂城の謀略」より 著者:国枝史郎
六日経った頃から、奇怪なことが夜々に起った。 天王寺を遠く囲繞して、秋篠の郷や
外山の里や、生駒の嶽や志城津の浜や、住吉や難波の浦々に――即ち大和、河内、紀伊の....
「明治哲学界の回顧」より 著者:井上哲次郎
ある主なる人々を挙ぐれば、まず西周《にしあまね》を筆頭とし、西村茂樹、加藤弘之、
外山正一《とやままさかず》、中江篤介などであった。しかして自分もその間において哲....
「回顧と展望」より 著者:高木貞治
内閣(隈板内閣)が出来ることになって,内閣総辞職があったのですが,時の文部大臣の
外山正一さんが辞職の際の置土産として,一年分の留学生十余人を一時に発表されて,私....
「中世の文学伝統」より 著者:風巻景次郎
々にあって光っている歌は、次のようなものである。 きのふかも霰降りしかしがらきの
外山の霞はるめきにけり 雪消えばゑぐの若菜もつむべきに春さへ晴れぬみ山辺の里 み....