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多忠
「多忠〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す
多忠の前後の文節・文章を表示しています。該当する11件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
「忠直卿行状記」より 著者:菊池寛
が諸陣の間にふれ渡された。 が、忠直卿は軍令の出ずるのを待ってはいなかった。本
多忠朝の先手が、二、三発敵にさぐりの鉄砲を放つと、等しく越前勢たちまち七、八百挺....
「姉川合戦」より 著者:菊池寛
多平八郎忠勝、内藤信重、大久保|忠世、自分自身は旗本を率いて正面に陣した。 本
多忠勝、榊原康政共に年二十三歳であったから、血気の働き盛りなわけであった。 朝....
「長篠合戦」より 著者:菊池寛
尾大明神鎮座の山に布陣した。これが本営であって、左翼の先陣は大久保|忠世兄弟、本
多忠勝、榊原康政承り、右翼の軍には石川数正、酒井忠次、松平忠次、菅沼定利、大須賀....
「大阪夏之陣」より 著者:菊池寛
きさつは僕の『忠直卿行状記』の発端である。 東西両軍必死に戦い、東軍では先鋒本
多忠朝及び小笠原秀政|忠脩親子戦死す。幸村は越前兵に突入した。此の日諸隊躍進|何....
「真田幸村」より 著者:菊池寛
、家康と和睦した。 家康は、昌幸の武勇侮りがたしと思って、真田の嫡子信幸を、本
多忠勝の婿にしようとした。そして、使を出すと、昌幸は「左様の使にて有間敷也。使の....
「大阪を歩く」より 著者:直木三十五
。 高橋父子、って、何者だか、殆ど知っている人はあるまい。一心寺へ参詣して、本
多忠朝の大きな墓を見たって、忠朝が、何ういう人か? お巡さんに聞いたって、お巡り....
「大菩薩峠」より 著者:中里介山
小さな蛇が一匹現われました。 「つまり天樹院は豊臣秀頼を殺し、坂崎出羽を殺し、本
多忠刻を殺し……」 その時です、駒井甚三郎の胸をつんざいたのは――現在、自分を....
「小坂部伝説」より 著者:岡本綺堂
った。しかし徳川時代になってからも、ここの城主はたびたび代っている。池田の次に本
多忠政、次は松平忠明、次は松平直基、次は松平忠次、次は榊原政房、次は松平直矩、次....
「浅沼稲次郎の三つの代表的演説」より 著者:浅沼稲次郎
つ岸内閣に鋭い怒りを感じているものであります。(拍手)ここでわが党の参議院議員佐
多忠隆君が貴国を訪問して三原則、三措置、すなわち、(1)中日両国の正常な関係の回....
「随筆 宮本武蔵」より 著者:吉川英治
話」の程度の所謂史実らしい記事を古書から発見することはさまで困難ではない。 本
多忠勝の嫡子美濃守忠政は、元和三年に姫路の城主になって移封している。姫路には従前....
「大谷刑部」より 著者:吉川英治
「では、その前にお通りになったのが」 「いやいや、今日、先頭に参られたのは、本
多忠勝様の隊と、榊原康政様の隊」 「では、大谷様の御人数は」 「さ……刑部|少輔....