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「大一座〜」の文章内での使われ方:小説や文学作品の中から探す

大一座の前後の文節・文章を表示しています。該当する15件の作品を表示しています。
検索対象[仮名遣い:新字新仮名]
吉原新話」より 著者:泉鏡花
内から明放したが、夜桜、仁和加の時とは違う、分けて近頃のさびれ方。仲の町でもこの大一座は目に立つ処へ、浅間、端近、戸外へ人立ちは、嬉しがらないのを知って、家の姉....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
棒!」 与八が大きな声で叫ぶと、その声は外なる怪《あや》しの男よりも、家の中の大一座を驚かして、障子を蹴開《けひら》いて廊下へ走り出でます。 ....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
にん》に相当したことをやらなけりゃ物笑いだからねえ……いっそ、上方から女浄瑠璃の大一座でも招《よ》んで来ようか知ら。それも大がかりだし、第一それじゃ今の一座が納....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
人の仲居が木戸をあけてくれる。導かれて、入って行って見ると、前の五人づれの若侍の大一座。 「間の山のお玉が参りました」 仲居の万のが跪《かしこ》まると、一座の....
伯爵の釵」より 著者:泉鏡花
な沙汰ではない。 かかる折から、地方巡業の新劇団、女優を主とした帝都の有名なる大一座が、この土地に七日間の興行して、全市の湧くがごとき人気を博した。 極暑の....
灯明之巻」より 著者:泉鏡花
り一遍の客ではなく、梅水の馴染で、昔からの贔屓連が、六七十人、多い時は百人に余る大一座で、すき焼で、心置かず隔てのない月並の会……というと、俳人には禁句らしいが....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
りからそこの鎮守《ちんじゅ》にお祭礼《まつり》がありました。 「江戸名物、女軽業大一座《おんなかるわざおおいちざ》」――本堂の屋根よりも高く幕張《まくば》りをし....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
と言って、それに対抗するには上野の山内でも借受けて、和蘭芝居《オランダしばい》の大一座でも買い込んで来なければ追附かないのであります。それは先生の資力では、トテ....
大菩薩峠」より 著者:中里介山
に、 「清澄の茂太郎」 と書いてある右の方へ持って行って、 「両国橋女軽業大一座」 とあったから、ちょっと妙な気持になっていると、七兵衛が、 「百、あり....
明治開化 安吾捕物」より 著者:坂口安吾
興行の手法に工夫があったから名声を博したが、女の日下開山となると、女相撲|抜弁天大一座の花嵐にまさる者はない。体格も力の強さも比較にならなかった。 当時の女相....
大捕物仙人壺」より 著者:国枝史郎
1 女軽業の大一座が、高島の城下へ小屋掛けをした。 慶応末年の夏の初であった。 別荘の門....
丹那山の怪」より 著者:江見水蔭
、武士ながら内密で、江戸三座の新狂言は大概見物に行っていた。 「おう、七変化芝居大一座――珍らしいな」と純之進は云った。 「はい、先月この境内に掛りました」 「....
註文帳」より 著者:泉鏡花
間を見て、と思っても、つい人目があって出られなかった。 ちょうど今夜は、内証に大一座の客があって、雪はふる、部屋々々でも寐込んだのを機にぬけて出て、ここまでは....
明治劇談 ランプの下にて」より 著者:岡本綺堂
屋高助、大阪上りの市川右団次、嵐|璃寛らも加入して、俳優の共進会と噂されたほどの大一座であっただけに、入場料の高くなるのもまた自然の結果で、桟敷一間が四円五十銭....
明治演劇年表」より 著者:岡本綺堂
、芝翫、高助、福助、秀調、海老蔵、小団次、松助に、大阪方の璃寛、右団次を加えたる大一座にて、俳優の共進会と称せらる。 ○十一月、猿若座にて沢村清十郎は名題に昇進....